久々に身にまとった《ザフト》のパイロットスーツは何故か違和感を感じてしまう。
 それは、デザインが変わっているからだろうか。それとも、サイズが合っていないのか。そのどちらが正しいのかわからないまま、アスランは襟元を整える。
「……こちらです」
 整備士の一人が声をかけてきた。その口調に含むものが滲まれていたとしても仕方がないことか、とアスランは苦笑を浮かべた。
「申し訳ない」
 確かに、イレギュラーの自分がここにいること自体おかしいのだが……とアスランはその表情のまま言葉を返す。
「いえ……そう言うわけではないのです」
 次の瞬間、彼はいきなり首を横に振ってみせる。
「ただ……ザクは悪い機体ではないのですが、貴方が乗るのには役不足ではないかと……」
 フリーダムを修理できれば良かったのだが、あれに触れることは議長から禁じられているのだ、と彼はどこか不満げに告げた。
「……ここで修理することは……あいつの精神状態に悪影響を与える、と判断されたのか。それとも、先に優先しなければならないことがあるから、じゃないかな?」
 ユニウスセブンが新たな憎しみを生まないことが……とアスランはできるだけ穏やかな口調を作りながら口にした。
「ただでさえ、三年の時間差にまだなれないようだしな。それに……あいつは一瞬だけとはいえ俺たちが体験していた平和といえる時間を知らないんだ」
 それが、世界を救うために必要だったとしても、だ。いまだ世界が戦いの中にあると知ってしまった以上、自分がしてきたことは何だったのかと、そう考えかねない。
 いや、それだけならばいい、とアスランは心の中で付け加える。
 あのころのように世界を全て遮断しかねないという不安すらあるのだ。
「フリーダムのパイロット、のことですよね」
 アスランの言葉に、整備士がこう確認を求めてくる。
「それが……何か?」
 一体何を言いたいのだろうか。アスランは不審そうな眼差しを彼に向けた。
「……自分は、それなりに若いパイロット達も見てきましたが……あそこまで線が細い少年だとは思わなかったもので……意外だったと」
 あるいは、カガリのようであれば納得できたかもしれない、と彼は最後は小声で付け加える。
「あいつは……本来、ただの民間人だったのですよ。ただ、一人でも命を落とす人間を減らしたい一心で、パイロットになった。正式な訓練を受けることなく、ね」
 だから、誰も見捨てることができなかったのだ。
 そんなキラの気持ちが、ラクスをはじめとした者達を動かし、一時とはいえ、世界を平和へと導いたのだろう。
 そんなキラのことを、一人でも多くの人間に理解して欲しい。それがザフトの一員であるならなおさらだ。
 自分たちは近いうちに離れ離れになることがわかりきっているのだから。
「軍人ではなかった?」
 さすがに、この事実には驚いたらしい。彼は目を丸くしている。
「そうですよ。もっとも、その後のことに関しては……ある意味、トップシークレットなので」
 これ以上は話せないのだ、とアスランは言外に滲ませた。そうすれば、相手もあえて問いかけては来ない。こう言うところは《軍人》としての意識をたたき込まれているからだろうな、と判断した。
「あぁ、こちらの機体です」
 一機のザクの前にたどり着いたところで、彼はこう告げる。
「操縦の方は、ジンとさほど代わりません。ご存じだとは思いますが」
 既に、一度、操縦していらっしゃるようだから、と言う言葉に、アスランは苦笑を返す。
「戦闘ではないのだろう? だから、十分だよ」
 必要なのは、信頼性だ……とアスランは言外に告げる。同時に、彼等が整備しているのであれば大丈夫だろう、とも。
「そう言って頂ければありがたいですね」
 アスランの言葉がまんざらではなかったのだろう。彼は微笑を浮かべてみせる。
 そんな彼等の姿を、この間のパイロット達が見つめていた。

「……何なんだよ、あれ……」
 整備兵と話しているアスランをにらみつけながらシンがこう口にする。
「何か……一緒に出るんだって」
 それに、ミリアリアが言葉を返した。
「メイリンが言ってたけど……議長が許可を出されたそうよ」
 ネコの手も借りたいっていうのはそうなんだけどね……と付け加えた彼女のセリフで、レイはどこから話が漏れたのかわかった。姉妹の仲がいいことはかまわないが、筒抜けにされるのは困るのではないか。そんなことも考えてしまう。
 これから、キラのことであれこれ話題が出る可能性だってある。だが、その中にはあまり公にできない内容もあるのだ。たとえば、キラとカガリが姉弟であることなどはその最たるものかもしれない。
「いくら、大戦の英雄の一人だからと言って……」
 フォーメーションを崩されるのは困る。シンは何故かこんなセリフを口にした。それを耳にした瞬間、レイは微苦笑を浮かべてしまう。
「いつも、あんたがレイに言われているセリフじゃない、それ!」
 すかさずルナマリアがこうつっこんだ。
「悪かったな」
 むっとした表情を作ると、シンはこう言い返す。
「だって、本当のことでしょ?」
 もっとも、ルナマリアはまったく気にする様子を見せないが。むしろ、からかって遊んでいるのではないか、とすら思える。
「……って、レイ?」
 そんな彼等にいつまでも付き合っている気分にはなれない。レイはさりげなく彼等から離れようとした。しかし、そんな彼の姿を、ルナマリアがしっかりと見とがめる。
「アスランさんと、話をしてくる」
 一応、フォーメーションのことを伝えてくる……とレイは口にした。
「ちょっと……」
 そんな必要はないでしょう……とルナマリアはレイを止めようとする。しかし、それを無視して、レイは彼の側へと近づいていった。
「何かしたのかな?」
 そんな彼の姿に気づいたのだろう。アスランが微苦笑を浮かべながら問いかけてくる。
「……いいのですか?」
 何が、とは言わない。だが、彼には十分伝わったようだ。
「キラが……背中を押してくれたんだよ」
 自分自身の気持ちに区切りをつけてこいと言われた、とアスランは微笑みを浮かべる。
「もし、体調が許せば……キラも参加すると言い出しただろうな」
 あるいは、あのころのキラであれば無理矢理にでもそうしただろうとアスランは付け加えた。それをしなかったのは、きっと、自分の気持ちを汲んでくれたからだろう、とも彼は付け加える。
「そうしてくれて、良かったです」
 キラの実力を疑う気持ちは全くない。
 しかし、彼の体調は全く別だ。
「ですが……」
 何かあった場合、彼がおとなしくしていてくれるだろうか、とレイは思う。
「心配はいらない。カガリが一緒だし……クルーゼ隊長が見張っていてくださるそうだ」
 アスランが笑いながら伝えてくれる。
「だから、俺たちは、キラを不安にさせないように気をつければいいだけだ」
 そうだろう、と付け加える彼に、レイも静かに頷いて見せた。