疲れているのだろうか。 ベッドで寝息も立てずに眠っているカガリの姿を見ながら、キラはかすかに眉を寄せる。 こうしてみれば、カガリは年相応の少女にしか見えない。だが、その細い肩に彼女はオーブという国を背負っているのだ。 本当は、自分もその手伝いをしなければいけなかったのではないか。 そんなことを考えながら、キラはそっと彼女の髪の毛に触れる。 「……キラ?」 その仕草がカガリの意識を刺激したのだろう。 彼女はぼんやりとした表情のままキラを見上げてきた。 「ごめん……起こした?」 キラはカガリに向けてはんなりと微笑んでみせる。 「何で?」 そっとキラの手に指を絡めながら、カガリはこう問いかけてきた。 「アスランなら……ギルバートさんに話があるって。だから、カガリのところにいろって言われたんだけど……迷惑だった?」 「そんなはず、あるわけないだろう!」 キラの言葉にカガリは腹筋だけで跳ね起きるとこう叫ぶ。そして、勢いのままキラを抱きしめてきた。 「カガリ?」 「ったく……どうせあいつは、議長にお前のことであれこれ頼み込みに行ったんだろう……」 本当に過保護なんだから……といいながらカガリはキラを抱きしめる腕にさらに力をこめる。 そう言うことにしておいた方がいいのかな、とキラは心の中で呟いた。本当のことをカガリが知ったら、絶対にアスランの邪魔をしに行きそうなのだ。それでは、彼の決意が無駄になるだろうと、そう思う。 「……まぁ、それは私もしようと思っていたからいいんだが……」 しかし、カガリのこの一言には思わず頭を抱えたくなってしまった。 「カガリ……僕って、そんなに頼りない?」 思わずキラはこう口走ってしまう。 「アスランは仕方がないけど……カガリにまでそう思われるくらいに……」 一応、男なんだが、自分は……とキラは心の中で付け加えた。 「そういう意味じゃないって」 こう言えば、カガリは慌てたように首を横に振る。 「確かに、お前は普通の女の子よりも可愛いし……体つきも華奢だ、とは思うが……だからといって、だな」 守らなければいけないとは思っていない、と彼女は付け加えた。もっとも、頼りないとは思っているが……と呟いた言葉は間違いなく本音なのだろう。 「……それって……嬉しくない……」 キラは小さなため息とともにこう告げる。 「ほめてるんだろうが!」 カガリの口調に力が戻り始めたことにキラは気づく。 もちろん、疲れが完全にとれたわけでも、彼女の肩から重責が下ろされたわけでもないことはわかっている。 だが、彼女に《気力》が戻ってきたことは事実だ。 そうできるのであれば、安心しても大丈夫だろうか。 少なくとも、彼女の側にはアスランだけではなく他のみんなもいるらしいのだから、とキラは心の中で呟く。 「そう、聞こえないから困っているんだろう?」 こんな言葉遊びも、カガリとならば負担にならないし……苦笑混じりにキラは言葉を返す。 「そう聞こえるんなら……そうだな、お前と私の実年齢の差のせいだろうよ」 三年の差は大きいぞ、とカガリは笑う。 「これで、名実ともに、私が《姉》だな」 ひょっとして、これが一番言いたいセリフなのか。キラはこう考えてしまう。 「……そういう問題でもないと思うんだけど……」 ため息とともにこう言い返せば、 「細かいところに気を遣うな。男だろう?」 言葉とともに、カガリはキラの背中を叩いてくる。 「あのね……」 そういうカガリは女の子に見えないよ……とキラが言い返そうとしたときだ。端末が呼び出し音を奏でる。 「……何だ?」 それに、カガリはキラから体を離すと、眉を寄せた。そして、そのままベッドから滑り降りる。 「カガリ?」 どうかしたのか、と言いたくなるくらい、彼女の表情は険しい。 「あぁ、そうだったな……アスランは、先に議長のところに行っているんだったな」 しかし、その険はすぐに消える。 「私に直接連絡が来るのは珍しいからな。だから、何かあったのかと思っただけだ」 アスランが向こうにいるのであれば、彼が連絡をしてきたのかもしれないか、と思い当たったのだ、とカガリは笑う。 そうであればいいのだが、とキラは心の中で呟く。 もし、アスランの希望が通っていれば、彼が連絡を寄越すことはないはずだ。おそらく、今頃はMSデッキに行っているのではないか、とも思う。 同時に、アスランであればそのあたりを適当にごまかして連絡を寄越すかもしれないな、とも考えられるか、とキラはすぐに納得をする。 「……ラウ・ル・クルーゼ……」 しかし、端末のモニターに映し出されているのは、アスランでもこの艦のクルー達でもなかったらしい。 「クルーゼさん?」 彼がどうしてカガリに連絡を寄越したのだろうか。その理由が思い当たらずに、キラは小首をかしげる。 「お前に用だとさ」 しかし、カガリの言葉に、あっさりと彼の中の疑問は瓦解した。もっとも、すぐに新しい疑問が浮上してきたのは言うまでもないことではある。 「何で、カガリの部屋な訳?」 連絡を入れるなら、まず、アスランの部屋なのではないだろうか。そんなことを思いながらも、キラもベッドから滑り降りた。そして、まっすぐにカガリの側へと近づく。そんな彼の体を、カガリが手を伸ばして優しく止めてくれた。 『すまなかったね』 視線を向ければ、モニターの中でクルーゼが微笑んでいる。 「いえ。何か?」 『少し、話をしたいと思っただけだよ。今後のことも含めて。本来であればギルがすべきなのだろうが……今は、手が放せないようなのでね』 だから、自分がその役目を引き受けただけだ……と彼は笑う。 『それに、そろそろ作業が始まるらしい。必要があれば、私が迎えに行こうと思うのだが、どうするかね?』 自分で移動できるのか、と言う問いかけにキラは即座に大丈夫だ、と答えようとした。 「そうしてください。目を離すと、途中で行き倒れる可能性がある」 しかし、それよりも早くカガリがこう告げる。 「カガリ!」 『そうだね。迎えに行った方がいいだろう。君の護衛もかねて』 キラの抗議は、クルーゼの笑いにかき消されてしまった。 |