キラのぬくもりを感じながら、アスランはあることを考えていた。
 自分はこのままでいいのか、と。何もせずにただ見つめているだけでいいのか……とそんなことを考えるのだ。
 同時に、今の自分に何ができるのかと言う気持ちもある。
 ここにいるのは《ザフト》の《アスラン・ザラ》ではない。オーブ代表の護衛である《アレックス・ディノ》なのだ。
 今の自分が、ここで何ができるか。
「……俺は……」
 だが、もし母が眠る大地を破砕しなければならない、というのであれば、この手で行いたい。ただ見守っているだけというのはいやなのだ。
 しかし、とまた考えがループしてしまう。
「行ってくれば、アスラン?」
 その時だ。
 キラがアスランの服の裾を握りしめながらキラがこう口にしてきた。
「キラ?」
 それができないから困っているんだろう……とアスランは彼に言い返そうとする。
「多分……ギルバートさんに相談すれば、アスランの気持ちを汲んでくれると思うよ」
 あの人は誠実な人だから……とキラは付け加えた。
「断られるにしても……でも、何もしないで後悔するよりは、いいんじゃないのかな?」
 その言葉の裏に、何かもっと別の意味が隠されているような気がする。
「キラは昔から、後先考えずに行動して、玉砕することが多かったけどな」
 しかし、それを問いかける代わりにアスランはこう言い返した。
 本音を言えば、キラが何を隠しているのかを知りたい。だが、そのせいで彼がまたどこかに行ってしまうかもしれない。そうされるくらいであれば我慢した方がマシだろう。
 別れ別れになっても、居場所さえわかっていれば、また自分の腕の中に抱きしめることができるのだ。
「そんなこと……ない……」
 キラはむっとしたようにこう言い返す。
「そうだったか?」
 あれこれ、俺が手助けをしたような記憶があるんだが……と付け加えれば、キラは視線をさまよわせる。どうやら自覚はしているが、認めたくないだけらしい、とアスランは推測をした。
「でも、今回だけはキラの言葉に従うことにするよ」
 何もしないで悩むくらいなら、当たって砕けた方がいい。
 アスランはこう言って笑う。
「そうだね、アスラン」
 キラもまた言葉とともに微笑みを返してくれる。
「でも、無茶だけはしないでね」
 しかし、すぐに微笑みを消すと彼はこう告げた。
「わかってるって……せっかく、キラにまた会えたのだから、無理なんてしない」
 自分たちはまた一緒に歩いていくのだ。その機会を失うようなまねだけはしない……とアスランはキラに囁く。
「本当だよ?」
「信用しろって」
 大丈夫だから、とアスランはキラの額にキスを落とした。
「それよりも、俺はお前の方が心配だ。無茶をしそうでな」
 もし、何かあったら誰が止めたとしても飛び出しかねないだろう、とアスランはキラに告げる。
「それはしない……多分……」
 というより、きっとクルーゼあたりに止められると、キラは呟くように口にした。
「隊長には、キラでも勝てないか」
 なら、大丈夫だな……とアスランは思う。そう言ったけじめをきっちりとつけるのがクルーゼなのだ。そして、彼であればキラのおねだりにもなびかないだろうと思える。
「ともかく、デュランダル議長にお会いしてくるよ。キラは……ここで待っていてくれ。それとも、カガリを足止めしていてくれるか?」
 できれば、自分が彼に話を終えるまでは彼女に口を挟まれたくない。
「……カガリのところにいる……一人でいたら、ちょっと怖いし……一緒に行ったら反対しそうだから……」
 本当は、離れたくないのだ……と彼は言外に付け加えてくれる。それがどれだけ自分を喜ばせているのか気づいているだろうか。
「俺も、本当はキラと離れたくない。でも……俺は、あそこに行くための努力をしなければいけないんだ」
 母上のためにも、とアスランは囁く。
「わかってる……」
 そんな彼に、キラはうっすらと微笑んで見せた。

 アスランの希望にタリアは承諾できないという態度を作っている。やはり無理だったか……と考えたときだ。
「かまわないよ」
 ギルバートがあっさりとした態度で許可を与えてくれた。
「議長?」
「彼であれば……そうするだろうと考えていたしね。それに、彼の実力は、十分、作業の役に立つ」
 そして、心のけじめをつけるためにも必要なことだろう……と彼は言外に付け加えた。その内容に、アスランは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「心配しなくていい、タリア。責任は私が取ろう」
 ギルバートにこうまで言われてはタリアとしては承伏しないわけにはいかないらしい。
「わかりました。では、お願いいたします」
 レイに説明をさせましょう……と彼女はため息混じりに付け加える。
「わがままを申し上げて申し訳ありません」
 彼女の気持ちも理解できた。だから、アスランは素直に彼女に向かって頭を下げた。
「議長のお言葉もわかるの。貴方の実力も疑っているわけではないわ」
 ただ、と彼女は苦笑を浮かべる。
「貴方は……今の自分が《アスラン・ザラ》だ……とあまり知られたくないのでしょう? 見る人間が見れば、わかってしまうわよ?」
 それでもいいのね、と彼女は念を押してきた。
「覚悟の上です」
 ただ見ているだけではいけないのだ、という気持ちの方が強い、とアスランは告げる。
「それに……」
 ふと言葉を続けようとしてアスランは口をつぐむ。
「それに?」
 だが、タリアはもちろん、ギルバートも視線でアスランに次の言葉を促す。
「あの地がどうなろうと……最期まで見届けるのが私の義務ではないか。そう考えただけです」
 それが、彼の地で眠る母にしてやれる最後のことではないか。アスランは心の中でそう付け加えた。
「わかりました。でも、無理はなさらないでくださいね」
 タリアが初めて笑みを浮かべる。
「……キラにも、それは念を押されていますから……」
 それに、アスランは思わずこう言い返してしまう。次の瞬間、タリアだけではなくギルバートの口元にも苦笑が刻まれた。