予想通りと言うべきだろうか。 カガリもまた、キラを伴うことを希望した。そして、アスランに抱かれるようにして姿を現したキラを、ギルバート達も苦笑とともに受け入れてくれる。 しかし、その口から出た言葉はそんな優しい雰囲気を吹き飛ばすものだった。 「……ユニウスセブンが……」 アスランとカガリは言葉を失う。 そして、キラは衝撃をこらえるためにアスランにすがりついた。もっとも、それはアスランを支えるためという理由もなかったわけではない。 あそこにはまだ、アスランの母が眠っているはずなのだ。 そして、その事件が自分たちを一度は引き裂き、お互いを滅ぼさなければいけないほど憎しみ合わせた。 だが、それも過去のこと。 そうは思いたいが、だが……とキラは心の中で呟く。それは、彼の地が存在しているからではないのか。 「……どう、なさるおつもりです?」 キラの肩を抱き返しながら、アスランはこう問いかける。痛みから耐えようとしているのか、その指先に力がこもっているのがキラにははっきりとわかった。 「砕くしかないだろうね」 質量が小さくなれば、大気との摩擦で燃え尽きる可能性がある。それでなかったとしても、被害は小さくなるのではないか……とギルバートは告げた。 「もっとも、そのようなことをしないですめば、それが一番良いのだが」 自分にしても、あの地に眠る人々をそのような形で失いたくはないのだ……とギルバートはため息をつく。 「それでも……地球にすむ人々を守るためなら……仕方があるまい……」 部屋の片隅で腕を組みながらたたずんでいたクルーゼが、こう口にする。 「クルーゼさん」 彼の言葉に、キラは視線を向けた。その言葉をどう判断すればいいのかわからなかったのだ。 「そうだな……今は、生きている人のことを優先しなければならない」 しかし、アスランには十分彼の言葉の意味がわかったようだ。どこか苦しげにこう告げる。だが、内心では割り切れていないのだ、と言うことを、キラは彼の指の力で知った。 「……アスラン、すまん……」 カガリもまたそれに気づいたのだろう。小さな声で彼に呼びかける。次の瞬間、毅然と顔を上げるとギルバート達を見つめた。 「議長達の判断には感謝する。彼の地があなた方にとってどれだけ大切な場所かは理解しているつもりだ」 だから、あなた方がその判断を下すのに、どれだけ苦悩したかも想像できる……と彼女は付け加える。 「そう言って頂けて、安心いたしましたよ、姫」 ギルバートがほっとしたような口調でこういった。 「既に先発隊が彼の地で作業を行っております。我々も合流しますので、アスハ代表達をオーブへ送り届けるのが遅れますが……」 タリアが慎重に言葉を選びながら告げる。 「それもかまいません。我々にしても、まず優先しなければならないことが何であるのか、わかっているつもりです」 さらに言葉を重ねるカガリからは、あのころの面影が感じられない。それは、彼女が《代表》としての自覚を持っているからなのだろうか。 そう言うところにも三年という時間の大きさが感じられて、キラは少しだけ悲しくなる。 「作業の様子が確認できるようになったら、ご連絡ください」 できれば拝見させて頂きたいといいながら、カガリは腰を上げた。そして、アスランに視線で合図を送る。 「もちろんですよ」 プラントとしても、自分たちに他意はない、と誰かの眼で確認して欲しいと言うところなのだろう。 「その時までは部屋でお休みください」 この言葉に頷くとカガリは移動を開始する。キラを抱き上げるとアスランもまたその後に続いた。 そのまま部屋に戻ろうか、としたときだ。 談話室の中から聞こえてきた会話が、三人の耳に届いたのは。 「後腐れなくていいんじゃねぇ?」 プラントには被害がないのだから……と言う言葉に、キラは信じられないという気持ちになる。 だが、それ以上にカガリの逆鱗に触れてしまったらしい。彼女はそのまま談話室に飛び込んでしまった。 「……アスラン……」 彼女の怒りはある意味正しい。だが、それだけではいけないのではないか。まして、自分たちはこの艦ではただの傍観者でしかないのだ。何よりも、彼女は《オーブ》の《代表》なのだ、とキラは思いながら、自分を抱きしめている相手の名を呼ぶ。 「わかっているよ、キラ」 本当にカガリは……と小さなため息をつきながら、アスランは彼女を追いかける。 「アスラン、あのね」 その前に下ろして欲しい、とキラは小さな声で付け加えた。でなければ、カガリを止めるときに困るだろうとも。 「……それの方が問題だと思うけどね……」 でも、キラの言葉ももっともなのだろう、と判断したのか。アスランはキラを下ろす。もっとも、自分の腕に捕まるようにと念を押したが。低重力のこの場ではそれでも十分だろう、と考えたのかもしれない。 談話室の中では、予想通りカガリが怒鳴り散らしている。 このままでは、彼等の間に別の意味での溝ができてしまうのではないか。 「本当は……僕が口を出さない方がいいんだろうけどね……」 「キラ?」 「……少しの間だけ……任せてもらえる?」 カガリも、自分の言葉なら聞いてもらえるだろう。そして、シンを除いた者達もあるいは……と思いながら、キラはアスランから離れて移動をする。そして、カガリの肩に手を置いた。 「キラ」 何を、という彼女に、キラはうっすらと微笑んでみせる。 そのまま、目の前にいるザフトの面々へと視線を移した。その瞬間、レイを除いた者達が皆息をのむ。 「君たちは……後が楽だからと言って、話し合う努力を放棄するの?」 そんな彼等に向かって、こう問いかけた。 「……それは……」 「でも、相手が耳を貸してくれなければ……」 彼等はぼそぼそとした口調で反論を試みようとしてきた。 「一度だけならそうだよね。でも、それだけであきらめるの? そして、そんな人たちを滅ぼすために、何の罪もない人々や、コーディネイターに好意的な人たちまで巻き添えにしたいの?」 そして、君たちの祖父母も、と付け加えたときだ。ようやく、その事実を思い出したという表情を作った者がいる。 「それにね……今はオーブから多くの人たちが移住しているんだよね?」 僕は知らないけど……といえば、カガリがキラの手に自分のそれを重ねてきた。それは励まされているのだろうか……と思いながら、キラは言葉を重ねる。 「その人達の中には、今もオーブに肉親がいる人たちがいるんじゃないのかな? 君たちが何もしなくて、その結果、肉親を見殺しにされたと知った人たちは……誰を憎むだろうね」 あるいは、それはプラントそのものを崩壊させるきっかけになるかもしれない。キラは言外にそう告げた。 「確かに、話し合おうとする努力は無駄だと思えるかもしれない。でも、そこから何かを感じ取ってくれる人はかならずいる。違う?」 力で押し切るだけではだめなのだ……とキラは思う。 「……ザフトは確かに強力な力を持っている。だからこそ、その力で何をすべきなのか……考える必要があるんじゃないのかな」 そうでなければ、また前の戦いの繰り返しになる……とキラは言葉を締めくくった。 「そうだな……こうして、話し合えるからこそ、自分の間違いを自覚できることがある」 キラの言葉をフォローするかのようにレイが口を開く。 「……申し訳ありませんでした」 「俺たち、そこまで考えなくて……」 それに促されたのだろうか。若い整備員達が頭を下げてきた。 ただ一人、シンだけが複雑そうな表情を作っている。それは、自分がいるからだろうか、とキラは判断した。同時に、彼等をこれ以上、刺激してもいけないのではないか、と思う。 「……少しでも、心の片隅に止めておいてもらえるなら、それでいいよ」 だから、部屋に戻ろうとカガリ達を促そうとしたときだ。 「キラさん!」 今まで黙っていたシンが不意に声をかけてきた。その瞬間、カガリとアスランがキラを守るように両側によってくる。 いや、二人だけではない。 レイもさりげなくシンを制止できる場所に歩み寄っていた。 「……すみませんでした……」 だが、彼の口から出たのはこんな言葉だ。 それが何に関するものなのかはわからない。 だが、彼の心の中に何かが生まれた。 それがわかっただけでもいいのではないか。 こう考えて、キラは静かな微笑みを口元に刻んだ。 |