「思いだけではだめなのです。そして、力だけでも……」
 そう言ってラクスがキラに与えてくれたのは、蒼き翼。
 それを駆ってキラはさらに蒼い星まで一気に飛んだ。
 それでも、ぎりぎりのタイミングだったと言っていい。それでも、まだ誰も、地球軍――ブルーコスモスの思惑に巻き込まれていなかった。その事実に安堵をしながら、キラは口を開く。
「ザフト、連合、両軍に伝えます! アラスカ基地はまもなく《サイクロプス》を作動させ自爆させます。両軍とも、直ちに戦闘を停止し、撤退してください」
 少しでも多くの人を救いたい。
 戦いで傷つく人を見たくない。
 いや、これ以上、憎しみの輪を広げたくない。
 その思いのまま、キラはこう口にした。
 自分の思いをどれだけの人が認めてくれるだろうか、という疑問もないわけではない。だが、少なくとも一人ではないのだ。遠く離れた場所に、自分と思いを同じくしてくれている人々がいる。そして、今も自分の無事を祈ってくれているだろう。
 それだけで自分はまだ戦場にいることができる。
 目の前の光景を見つめながら、キラはこう呟いていた。

 アークエンジェルの仲間は、キラのその考えを受け入れてくれた。
 いや、そもそも彼等はキラという人間を通して《コーディネイター》という存在に触れていてくれたのだ。他の地球軍の者達に比べて比較的柔軟な考えを持っていてくれたのかもしれない。
「だが、それは茨の道かもしれないぞ?」
 隣の壁に体を預けながら紫煙をはき出していたフラガがこう問いかけてくる。
「わかっています」
 自分がどれだけ難しい道を選択したのか。キラ自身もよくわかっていた。
「でも……もう、誰かを守るために、誰かの命を奪いたくないんです」
 それで、今まで奪ってきた命が戻ってくるわけではない。
 今現在、この身にからみついてくる恨みを消せるわけではない。
 だが、それでもそうしなければいけないのだ、とキラは思っていた。どこかで断ち切る努力をしなければ、いつまでも続いていく。それでは本当の意味での《平和》は来ないだろう。
 この戦争が終わり、自分の命が失われることで彼等の恨みが消えるのであれば、その時はためらわないだろう、とキラは心の中で付け加えた。
「わかっているが……そのためにお前が死んでも、俺たちが悲しいだろうが」
 言葉とともに大きな手がキラの頭に置かれる。
「お前をこんな状況に追い込んだのは……俺たちだ。その責任、というだけではなく、俺個人として、もう二度とお前を失いたくないんだがな」
 だから、死んでもいいなんて考えるな、と口にしながらキラの髪をかき回す。
「フラガ少佐……」
 そう言ってもらっていいのだろうか。
 キラはふとそう考える。
「こらこら……俺はもう、少佐、じゃないぞ」
 この言葉の意味が理解できずに、キラは小首をかしげた。
「俺たちは……戦線離脱の脱走兵だからな」
 既に地球軍だ、という意識は誰にもないだろう。そもそも、ただの駒として使い捨て扱いされたのだから当然だろうな、と彼は説明してくれる。
「お前さんに至ってはMIA認定だからな。とっくに地球軍の一員としてのIDは抹消されているはずだ」
 それはそれでいいことなのだろうが、と彼は笑う。
「……そんな……」
 まさか、そう言うことになるとは思っていなかった……とキラは心の中で呟く。自分はただ、誰も死んで欲しくなかっただけなのに、と。その結果、彼等の経歴に傷を付けてしまったのではないか。そう考えたのだ。
「坊主、くだらないことは考えるんじゃない」
 言葉を失ってしまったキラの態度にあきれたのだろうか。それとも別の理由からか。フラガはさらにキラの髪の毛を遠慮なくかき乱す。
「やめてくださいって!」
 そんな風に子供扱いをされるのは、ちょっと……とキラは思う。コーディネイターの常識で考えれば、自分はもう《成人》なのだ。だが、彼等から見れば間違いなく《子供》なのかもしれない。
「わかっていますが……ただ、あちらに行って、少しとはいえ、あちらの方々とふれあって……それだからこそ、考えてしまうことがあるのは、事実です」
 ラクスやシーゲル、それにギルバートとレイ。
 ある意味、彼等もキラにとっては『大切な人』と認識していいだろう。
 もちろん、フラガをはじめとする者達やサイやミリアリア達は言うまでもないことだ。
 だからこそ思うのだ。
 どうして《彼》がここにいてくれないのだろうか、と。
 もっとも、殺したいほど自分は彼に憎まれているのだから。絶対に自分の隣に彼が来てくれることはない。
 こう考えただけで、胸が痛くなってしまう。
「そうか。坊主も、いろいろと大変だったんだな」
 黙ってしまった自分を心配したのだろうか。フラガはことさら明るい口調でこう言ってくれる。
「結局は、くだらない嫉妬心が原因なんだがな。それを自覚しない馬鹿な奴らが大人の世界には多いって事だよ」
 だから、気にするな、とフラガは口にしてくれる。
「お前さん達ぐらいの年齢だと、まだ考え方が柔軟だからな。あるいは違う道をつかみ取れるかもしれない」
 いや、そうなって欲しいと思っているよ……とフラガは笑う。
「そう、ですね……」
 そんな日は二度と来ないだろうが……とキラは心の中で付け加える。だが、それを口にすることははばかられた。
「それよりも、まずはこれからのことだな……オーブが、受け入れてくれればいいんだが……」
 難しいかもしれない。
 それでも、今、自分たちが迎える場所はそこしかないのだ……とミゲルは付け加えた。
「まぁ、大丈夫だと信じていなければ、何もできないんだけどさ?」
 第一、気がついたらおり損なったまま付き合わされている自分が言う事じゃないかもしれないが……と彼は笑う。
 そんな彼の言葉に、キラは少しだけ心が軽くなったような気がした。だが、それも一瞬のことだ。
 これから先、自分がしていることに彼等を巻き込んでいいものかどうか。それがわからない。
「……いざとなれば、僕は一人でも……」
「ばぁか。そん時は俺も付き合うって。もっとも……役に立たないかもしれないがな」
 今の機体じゃ……とフラガはため息をつく。
「ストライク……どうなっているでしょう」
 あれのOSをフラガ用に書き換えることができれば……彼は死なずにすむかもしれない。そんなことすら考えてしまう。
「さぁな……それもオーブに行けばわかるか」
 そして、自分たちの未来も……という彼の言葉にキラはうなずいてみせる。
「そうですね……彼女たちが何か行動を起こしていてくれるかもしれませんし……」
 であれば、あるいは……と口にしながら、キラはあえて《彼》――アスランのことを考えまいと努力していた。