「……わかりました……代表とともにそちらに伺います」
 アスランの堅い口調がキラの耳にも届く。
 それだけで、何かあったのだろう……とキラは推測をした。
「アスラン……」
 通信が終わって振り向いた彼に向かって、キラは問いかけの言葉を口にする。そうすれば、彼は苦笑を浮かべながらキラの側に戻ってきてくれた。
「大丈夫だよ、キラ」
 そして、こう言いながらアスランの腕がキラをしっかりと抱きしめてくれる。
「……俺たちはオーブに戻らなければいけない。それはわかっているな?」
 しかし、キラは今、地球に降下することができないのだ。つまり、また自分たちは離れ離れになってしまうと言うことだろう。
「アスラン、僕は……」
 どうなってもいいから、彼等から離れたくはない、と思う。しかし、アスランは小さく首を横に振って見せた。
「キラは、デュランダル議長達と一緒に行くんだ」
 そして、きっぱりとした口調でこう告げる。
「でも、アスラン」
 もう離れたくないのだ、とキラはアスランの体を抱きしめることで伝えた。それが自分の命を危うくしたのだとしても、彼が側にいてくれれば幸せかもしれない、とまで思ってしまう。
「俺だって、キラとは離れたくないさ」
 小さなため息とともにアスランはこう告げる。
「だったら」
 僕も一緒に地球に行く……とキラは付け加えようとした。
「だからこそ、今は別れなければいけないんだよ、キラ」
 しかし、アスランはきっぱりとした口調で言い切る。
「俺は、ずっとキラと一緒にいたい。カガリや、ここにはいないけれどもラクス達も同じ気持ちのはずだ」
 キラだってそうだろう、と問いかけられれば、頷くしかない。
「今のキラがオーブにいけば……俺は永遠にキラを失うかもしれない。そんなことになるのはいやなんだ」
 だから、プラントに行って欲しい……とアスランはキラのまぶたにキスを落とす。
「体を治してもらわないと……触れるのも怖いんだぞ……」
 夕べも、暴走しそうになる自分を抑えるので精一杯だったんだから……と彼は笑いながら付け加えた。
「あ、あ、あのね、アスラン……」
 それが何を意味しているのか、キラにもわかってしまう。
 しかしあの最中ならともかく、今、それに関わることを口にされてしまうのは恥ずかしさを煽られるだけだ。
「ただでさえ、キラは体力がないんだ。俺としては本当に気を遣っているんだぞ」
 あれでも、とアスランは低い笑い声を漏らす。
「……バカ……」
 それでも、離れたくないという気持ちが強い。しかし、ここでだだをこねるほど子供でないこともまた事実だ。
 こう言うときに、あきらめることが身に付いてしまった自分が悲しいとも思う。それでも、今更どうしようもないのか。そう考えると、キラは小さくため息をつく。
「寂しいけど……仕方がないんだね……」
 アスラン達に負担をかけるわけにはいかないのだから……と自分に言い聞かせるように心の中で付け加える。
「でも、もうお互いがどこにいるか……わからない訳じゃないからな」
 探し回らなくてすむと付け加えた彼に、キラは思わず視線を落としてしまう。
「ごめん、アスラン……」
「謝らなくていい。お前がそう選択したからこそ、地球には今でも人々が生活しているんだ」
 キラの選択は間違っていない。アスランはきっぱりとした口調でこう言い切ってくれる。
 しかし、本当は違うのだ。
 だが、それは自分のことだけではなくクルーゼがどうして生まれてきたのかを彼に教えることになる。その瞬間、彼が自分を見る視線が変わったら怖い。第一、自分のプライベートだけではないのだから、とキラは心の中で呟いた。
 その代わりに、彼に抱きつく腕に力をこめる。
「別れるまでは、できる限り一緒にいよう」
 そう言いながら、アスランはキラにキスを贈ってくれた。
「僕も、一緒に行っていいのかな?」
 触れあった唇が離れたところで、キラはこう問いかける。呼ばれているのは、アスランとカガリだけではないか、と思ったのだ。
「カガリも一緒に行く、と言い出すに決まっているし……キラを一人にしない方がいいと思うんだ」
 でないと、誰が来るかわからない……という言葉の裏に隠れているのは、きっと、自分が倒れてしまった一件が彼には気にかかっているのだろう。キラはそう推測をした。
「……でも、あれは……」
 シンにとっては必要だったのではないか。
 記憶の中に残っている彼の表情を思い出しながら、キラはこう呟く。
「それでも、だ。彼は……軍人として、してはいけないことをした」
 アスランは眉間にしわを寄せながら言葉を重ねる。
「戦争で憎むべきなのは……個人ではなく、国家……なんだよ」
 民族ではなく、とアスランは付け加えた。
「でも……」
 前の戦いの時には、お互いの種族を憎んでいた者がいたではないか、と言いかけて、キラは言葉を飲み込む。
 そうではなかった人が多かったことを思い出したのだ。
 だから、きっと、アスランが口にしていることは正しいのだろう、と。
「……父上は……それも間違ったんだ……」
 だが、アスランはキラが言葉を飲み込んだ意味を別のものだと判断したらしい。苦しげに言葉をつづる。
「だからこそ……もう、誰も……同じ間違いをして欲しくない……」
 そのためならば、憎まれることも厭わないさ、とアスランは微笑んで見せた。
「アスランは……強いね……」
 その強さがうらやましい、とキラは思う。
 自分にもその強さがあれば、こんなに悩まなくていいのだろうか。
 ふっとこんな事すら考えてしまう。
「違うよ。そう見えるなら……キラが、ここにいてくれるからだ」
 アスランはふわりと微笑むとこう告げる。
「キラは、俺のことを信じてくれるだろう?」
 だから、他のことはいいのだ、と彼は笑みを深めた。
「キラさえ、俺のことを信じてくれれば、それだけでいいんだよ、俺は」
 だから、キラはいつでも自分のことを見ていて欲しい。そう言う彼に、言葉で応える代わりにキラはキスを贈った。