「アスラン?」 「ドクターの許可はもらった。俺の部屋に連れて行く」 地球――オーブへキラは行くことができないのだ。ならば、離れるまでは側にいてやりたい、とアスランはギルバートに訴えた。そうすれば、彼は苦笑とともに許可を取り付けてくれた、と言うわけだ。 もっとも、そのあたりの事情を説明しなくても、カガリは何かを察したらしい。 「キラは、まだ本調子じゃないんだからな」 それでもこう言ってきたのは、自分たちがどんな関係だったかを思い出したからだろう。 「……俺にだって、一応、自制心はあるんだけどな」 キラの意志を無視して無体なまねはしない、とアスランは言い返す。 本音を言えば、ようやく戻ってきてくれたキラを確かめたいとは思う。だが、そうできない状況があると言うこともよくわかっていた。それでも、キラを傷つけるような事だけはしない、という気持ちの方が強いのもまた事実だ。だから大丈夫だろう、とアスランは思う。 「第一、それよりも先にしたいことがある」 キラと話をしたい。 キラが知らないあれこれを、彼に教えてやりたい。 特に、彼が行方不明になってからみんながどれだけ心配をしたのかを、だ。 そして、どれだけ皆がキラを愛しているか。そして、感謝をしているかも教えてやらなければいけない。 世界が、彼を責めているわけではないのだ、と。 「このまま、何も起こらずにすむわけがないんだ」 しっかりとした足取りで歩き出しながら、アスランはこう呟く。そして、自分たちががまた離れ離れになるだろう事も想像が付いていた。 だから、それまでにキラにしっかりとした《何か》を与えてやりたい。 そのために必要なら、体を重ねることだって何だってするだろう、自分は。 自分の快楽のためではなく、キラのための行為ならば、暴走する心配も少ないのではないか。もっとも、キラの素肌に触れた瞬間、そんな気持ちが吹き飛んでしまうのではないか、という不安も存在しているのは事実だが。 「そう、だな」 カガリも何かを感じ取っているのか。仕方がない、と言うように同意を見せる。 「だから、それまでにしっかりとキラをつないでおけ!」 どんな方法でもかまわないから、と付け加えられた言葉が、彼女にとっては精一杯の譲歩なのだろう。アスランはそう考えてうっすらと笑みを浮かべた。 「……俺は……」 言葉とともに、シンは壁を殴りつける。 「何をしているんだ、お前は」 任務を終えたのだろうか。 それとも、別の理由からか。 どちらにしても、タイミングがいいとは言えない状況でレイが部屋の中に入ってきた。もちろん、それが悪いわけではない。ここは彼の部屋でもあるのだから、帰ってこない方がおかしいだろう。 「レイは……キラさんのことを、最初から知っていたのか……」 ともかく、一番知りたいことを問いかける。 「それがどうかしたのか?」 だが、レイはとりつく島もない口調でこう言い返してきた。 「あの人は……本当に《軍人》じゃなかったのか?」 「そう聞いている。少なくとも、訓練を受けたことは……一度もなかったはずだ」 ただ守りたくて、それでも守れないことを悲しんでいる人だった、とレイはさりげなく付け加える。 「それは、今も変わらない」 彼の言葉がどちらを指してのものなのかシンにはわからない。 「そして、俺はあの人をもう二度と戦いに赴かせないために、ザフトに入った」 同時に、それはプラント――ギルバートを守ることでもあるからだ、と言うことは聞かなくてもわかっている。 「……でも、あの人は強い……」 「確かにな。だが、同時に優しすぎる」 敵ですら憎むことができない。それどころか、敵が傷ついても悲しむのだ、とレイは悲しげに告げた。 「そんなこと……」 「俺たちはもちろん、軍人であれば誰でもできる。だが、あの人はできないんだ……」 自分たちには簡単に割り切れることが、キラは割り切ることができない。だからこそ、彼はあれほどまでに弱々しく感じられるのだ、とレイは告げる。 「……お前には無意味かもしれないが……あの人は、いつでも……自分が守れなかった《命》を悔やんでいたよ。それこそ、体調を崩しそうになるくらいにな」 周囲のものが気づかなければ、食事すら取らなかったかもしれないのだ、とレイはさらに言葉を重ねながら軍服の襟をゆるめる。 「だから、お前があの人を傷つける、というのなら、容赦しない」 そのまま上着をベッドの上に放り投げながら、レイは厳しい口調でこういった。 「俺にとって、キラさんを守ることとギルを守ることは……同レベルだからな」 こう言うと、レイは部屋に備え付けられているシャワールームへと姿を消す。 「……俺だって……好きで、あの人を憎んでいる訳じゃない……」 いや、キラという存在を知れば知るほど、憎むのが難しくなっていく……というのは事実だ。 だが、と思う。 「あの人を憎むことで……俺は、今まで生きてこれたんだ……」 それがなければ、自分はきっと、ここまで来ることができなかった。キラ――フリーダムのパイロットに対する怒りと憎しみが自分をここまで導いてくれたのは間違いないのだから。 しかし、そんなキラが戦いに関わった理由は、自分が考えていたものとまったく違っていた。 「……それに変わるものなんて……俺は……」 見つけられるだろうか。 憎しみよりも強い感情なんて思い浮かばないのだ。 それでも、見つけなければいけないのだろう。でなければ、いつまで経っても 自分は変わることができないのではないか、と言うことだけはわかっていた。 わかっていても、どうすればいいのかわからない。 それがこんなにももどかしいことだとは考えたことがなかった。 復讐だけを考えていたときの方が世界はシンプルでわかりやすかったようにも思える。 だが、誰もがそれではいけないのだ、と自分に言うのだ。 それに、とシンは付け加える。 「でも、どうしてあの人の泣き顔が消えないんだろう……」 そして、それを思い出すたびにどうしてこんなに心が痛むのか。 誰の叱咤の言葉よりも、彼の泣き顔の方が自分には重くのしかかる。それがどうしてなのか、と言われてもわからない。 その答えを見つけ出すのに、まだ時間がかかりそうだった。 |