「さて……どのような結果が出るかな」
 シミュレーターに二人が乗り込んだのを見て、クルーゼはこう呟く。
「お手柔らかに頼むよ。あれでも、一応期待の面々なのだから」
 自信喪失をさせないで欲しいものだな、とギルバートが笑う。
「それで使い物にならなくなるのなら、それまで、と言うことだ。今後、役に立つとは思えんが?」
 こう言い切る彼に、アスランも同感だ、と心の中で呟く。
「確かに、そうかもしれないがね」
「戦争は……きれい事では務まらぬ。軍人であれば、それを真っ先にたたき込まれるのだが……」
 それを知る前に戦争に巻き込まれ、覚悟を決める間も与えられずに戦い続けた存在を、アスランは知っている。それだからこそ、キラはあんなにも傷ついたままなのだろう。
 その原因の一端が自分にもある事は知っている。だから、黙って側にいて抱きしめてやることしかできない。どんな言葉を投げかけても、それは自己満足のためかもしれないと、思ってしまうのだ。もちろん、キラがそう受け止めるはずがないとわかっていてもだ。
「なるほど……彼等には、まだ、その実感が薄い、と」
 ギルバートが納得をした、と頷いてみせる。
「あるいは……まだ、ないのかもしれないな。違うかね、アスラン?」
 不意に声をかけられて、アスランはクルーゼへと視線を向けた。その言葉の意図がすぐには理解できなかったのだ。
 だが、彼が何を言いたいのか瞳に浮かぶ光でわかった。
 仮面がなければ、こんなにも彼は雄弁だったのか、と思いながら、アスランは口を開く。
「はい。まだ彼等は……実戦とシミュレーションの区別が付いていないように感じられます。今は、まだ、それでもかまわないでしょうが……」
 だが、目の前にその現実を突きつけられたとき、彼等はどうするだろうか。
 相手から見れば、自分は間違いなく《人殺し》なのだ、と知ったとき、今までと同じように動けるのかどうか。
「現実を突きつけられたときにどうなるか、わからない……だな」
「はい」
 実際、初戦で命を落とすものが多いのはそのせいではないか、とアスランは思う。特に、MSのパイロットではなく、地上での任務に就いているものにその傾向が見られるのだ。
「とはいうものの、予想通りだな」
 ふっと、視線をモニターに移したクルーゼが苦笑混じりにこう呟く。
「損傷率八十パーセントを超えたか」
 さて、最終的には何パーセントまで行くか……とクルーゼは口にする。
「もう、八割を超えたのかね?」
 さすがにその事実にはギルバートも驚いたらしい。
「……と言っているうちに、撃墜されたな。これは……ホーク機か」
 シンの方はさすがにもう少し粘っているようだが、それでも時間の問題だろう。
 同時に、どれだけキラの実力が高いものなのかを再認識させられてしまった。しかも、それらは全て実戦で培われたものなのだ。
「こうしてみれば……彼がいかに辛い状況に置かれていたのかが、わかるな」
 それも、発端は自分の判断か、とクルーゼが自嘲の笑みを浮かべる。
「……過ぎ去った時間は巻き戻せないだろうからな……せめて、これからその償いをすべきだろうね」
 その時間が、クルーゼには与えられているだろう……というギルバートの言葉の意味がアスランには今ひとつ掴みきれなかった。それでも、クルーゼが笑みを穏やかなものに変わったのだからいいのか、と思い直す。
 それよりも、シンの機体も撃墜された方が重要だと言えるかもしれない。
「五分持たなかったようだな」
 これで《紅》か、とクルーゼが小さくため息をつく。
「……あの状況では仕方がないのでは? 俺も……一人ではどれだけ持ちこたえられたか」
 フリーダムがいて、なおかつ、途中で地球軍が撤退したからこそ何とか持ちこたえられたのかもしれない、とアスランは心の中で付け加えた。
「だが、五分ということはなかろう」
 十分は持ちこたえられるだろう、という言葉には素直に首を縦に振ってみせる。その程度の矜持は、今でも持ち合わせているのだ。
「第一、彼等には無駄が多い。それだからこそ、シミュレーションでありながらあれだけ甚大な被害を被ることになるのだよ」
 相手も同じパイロットであるのならばともかく、今回はAIが動かしている相手なのだから、とクルーゼは付け加える。その動きは、あくまでも計算で作られたものなのだ。だから、本来の戦闘よりも難易度が低いのではないかと彼は言いたいらしい。
 それについて、あの二人がどう思っているか。
 後者に関しては、すぐにわかるだろう。アスランはシミュレーターから憮然とした表情で出てきた二人の様子を視界の隅で捕らえながらそう判断をした。

 一体、何を考えて《あの日》の状況を再認識させたのか。
 どうして、あの日のことをもう一度体験しなければいけないのか。
 そして、自分の手で家族を見殺しにするような結果を出さなければいけないのか。
 シンの中に怒りがわき上がってくる。
「貴方は、一体、俺に何をさせようとしているのですか!」
 それでも、かろうじて敬語を忘れなかったのは、側にギルバートの姿があったからだ。
「私は、単に君たちがあの状況でどう判断するのかを確認したかっただけだが?」
 クルーゼは静かな口調でこう言い返してくる。それがシンの怒りをさらに煽っていると彼は気づいているだろうか。
「あれは……オノゴロでの戦闘じゃないですか! あのようなこと……」
「あるわけない、と言いたいのかね、君は」
 シンの言葉を取り上げると、クルーゼはこう言い返す。その口調は、先ほどまでのものとは違い厳しさすら感じさせた。
「Nジャマーが開発されたとき、これで核の攻撃は二度とない、と誰もが考えていた。しかし、実際はどうだったのかね? まだ、地球にもザフトの本拠地はあるのだろう。同じような状況がないと、どうして言い切れるのかね?」
 彼の言葉に、シンはどう言い返すべきか、すぐには見つけられない。
「第一、君たちはザフトのアカデミーで本格的な訓練を受けた軍人だろう。フリーダムのパイロットであった彼とは立場が違う」
 さらりと付け加えられた言葉が、シンの混乱にさらに拍車をかけた。
「それは、どういう事なのですか?」
 まるで《キラ》が《軍人》ではないと言わんばかりではないか。確かに、あの様子を見れば、彼が軍人であったなどとは信じられない。それでもMSのパイロットであるのなら、軍人かそれに準ずる存在だとシンは考えていたのだ。
「キラ・ヤマトは……我々がヘリオポリスで開発されていた地球軍のMSを奪取したあの日までは、ただの民間人だったのだよ。ただ一人のコーディネイターであったが故に、地球軍にストライクで戦うよう強要された、ね。その後、どのような経緯を経てフリーダムに乗り、なおかつラクス嬢に協力するようになったかは、極秘事項なので割愛させてもらうが、ただこれだけは言える。彼は一度として軍人としての訓練を受けたことがなかった、とね」
 そして、一度として《軍》に志願したこともなければ、自分から《戦う》事を望んだこともないのだ、とクルーゼは付け加える。
「それが……何だと言うんですか!」
 それでも、あの日、フリーダムがオノゴロ上空で戦い、そして自分の家族を見殺しにしたことは事実だろう、とシンは思う。
「君は思い違いをしているね」
 だが、その言葉はあっさりとクルーゼに否定された。
「軍人ではなかった彼が、あそこで戦う理由など、本来なかったのだよ? 何よりも、ザフトの《紅》である君たちですら不可能だったことを、いくら実力があったからとはいえ、ただ一人の《民間人》が背負えるとでも思っているのかね?」
 レイによく似た色の瞳がまっすぐにシンを射抜く。
「一人の存在で、戦況が変わると考えているのであれば、その考えは今すぐ捨てたまえ。ヒーロー願望など、軍人には不必要だ! むしろ、害にしかならない」
 その結果、自滅するのが自分だけであるのならばいい。だが、作戦を無視した動きをした結果、全員が危機に陥る可能性だってあるのだ、と彼はさらに付け加える。
「しかし、彼の動きで死者が出たことは……」
「それも事実だろう。だが、いつ、君が同じ立場になるのか……それもわからないのではないかね?」
 クルーゼの一言に、シンは完全に言葉を失った。
 確かに、その可能性を考えたことは一度もなかったのだ。
 ただ、あの日、自分に力があれば、家族は死なずにすんだのではないか。そう考えていただけだと言っていい。
「憎むなら、戦争そのものを憎むのだね。まして、守ろうとして果たせなかったからと言って、その家族に憎まれるのは……辛いとは思わないのかな?」
 だが、まだ割り切れないのだ、とシンは心の中だけで言い返した。