先ほど殴られた頬の腫れがひく前に、シン達はギルバート達から呼び出されてしまった。 さすがにこれをギルバートの視線にさらすのはためらわれる。 しかし、命令に逆らうわけにはいかないだろう。そう判断したのだが、やはり気が進まない。シンはそう思いながら現在はギルバートが使っている艦長室へと仲間達とともに足を踏み入れた。 その場に、自分を殴りつけたクルーゼがいることに気づいて、シンは気まずさを覚える。だが、相手の方は何もなかったかのような表情を作っていた。 「ご用でしょうか?」 三人を代表してこう問いかけたのはレイだ。 「あなた達の実力を知りたいとクルーゼ隊長がおっしゃるのでね。シミュレーションをしてくれるかしら?」 どうやら、この周囲にボギー・ワンはいないようだし……と告げたのはタリアだった。 「シミュレーション、ですか?」 このときに何故……と思ったのはシンだけではないらしい。ルナマリアが目を丸くしながらこう問いかけていた。 「確認したいことがあるのだよ」 いろいろとね、と意味ありげな口調で告げたのはクルーゼだった。その瞳はまっすぐにシンを見つめている。 「確認したいこと、ですか?」 「そう……たとえば、君たちの心構え、とかね」 いや、違うだろう……とシンは心の中で呟く。 確認したいのは、自分の感情なのではないか、とシンは思う。あの時の表情を覚えているからこそ、なおさらだ。 同時に、どうして彼がそんなに《フリーダムのパイロット》を守ろうとしているのか、と疑問に思うのだ。先日調べた《ラウ・ル・クルーゼ》の経歴を見ればフリーダムに苦汁を飲まされていたのではないか。むしろ、憎んでいてもおかしくはないだろう。 それなのに何故、と思う。 「今期の《紅》の実力がわかれば、現在のザフトのパイロットのレベルが想像できるしな」 それ以前の者達は、だいたい想像が付くのだ……と彼はアスランの方へと視線を移す。だが、それに関する彼の反応は何もない。 事前に何かを聞かされていたのではないか、とふっと思う。 あるいは、こんなものだとあきらめているのだろうか。 どちらにしても、彼等が事前に打ち合わせていたことだけは間違いはないだろう。 同時に、自分が何を間違えたというのか、とシンは心の中で呟く。相手に、自分が行った罪を突きつけていけないのか、と思うのだ。 カガリ・ユラ・アスハのように、自分たちの罪を気づかないでのうのうと暮らしている人間だっているのに、どうして、と。 もっとも、キラのあの様子を見てしまえば、彼がカガリと同じ種類の人間ではないと言うことはわかる。 それでも、いや、それだからこそ考えてしまうのだ。 どうして、自分の家族を守ってくれなかったのか、と。 何故、あの時に見殺しにしたのかと。 今悔やむなら、あの時に守ってくれればいいのではないか、とすら考えてしまうのだ。 公式に残されているフリーダムの活躍ぶりから推測すれば、十分に可能だったはずだ、とも思う。 「そう言うことだから、がんばってちょうだい。あぁ、レイは万が一の時のために待機していて。まずはルナマリアとシンで」 それについては許可を取ったわ、とタリアは口にする。 「何故、ですか?」 何故レイだけが特別扱いなのか、とシンは思わず問いかけてしまう。 「彼が、あの大戦を経験しているからだよ。もっとも、パイロットとしてではなかったそうだがね」 だから《戦争》の意味を知っていると判断したからだよ、とクルーゼは口にする。 「レイが?」 「……どうして……」 初めて聞かされた事実に、シンだけではなくルナマリアも驚きを隠せない。 「私が拘束されていたときにね。ラクス嬢にレイを預かって頂いていたのだよ」 その関係でエターナルに乗っていたのだ、と説明をしてくれたのはギルバートだった。 だからキラと知り合いだったのか、とシンは納得をする。あの当時、フリーダムはエターナルに配備されていたという話だし、その関係で知り合ったとしてもおかしくはないだろう。 「作戦遂行中だ。貴重なパイロットを全員拘束するわけにはいかないだろう」 それにとクルーゼはさらに言葉を重ねる。 「レイの操縦テクニックは、保護してもらったときに見せてもらっている。それで、だいたいの見当は付いている」 だから、君たち二人の方を優先させてもらっただけだ。こう告げるクルーゼの瞳が怖い、とシンは意味もなく考えてしまう。 それが実戦を経験した指揮官なのだろうか。 タリアとの気迫の違いに、思わずつばを飲み込んでしまった。 「……キラ、本当に、どうしたんだ、お前は」 そろそろ大丈夫だろうか。そう考えていることがわかる表情でカガリがこう問いかけてきた。 その表情を見て、自分がどれだけ彼女に心配をかけてしまったのかがわかる。 と言うことは、アスランも同じなのではないか。 こう考えたところで、別の意味でキラは怖くなってしまう。しかし、最悪の事態になる前にきっとクルーゼが彼を止めてくれるだろう、とキラは心の中で自分に言い聞かせる。 「何があったのか……教えてくれないか?」 そんなキラの耳に、カガリのおずおずとした声が届く。 一体、どう答えれば彼女を怒らせずにすむだろうか。 キラはそんなことを考えてしまう。 シンが自分を憎んでいる――それとも糾弾だろうか――理由がオノゴロ島での一件にあるのであれば、それを指示したのはウズミだ。 今は亡きあの人に対する尊敬と親愛の情が、三年経った今でもカガリの中から消えているとは思えない。だから、その判断を間違いだと言い切るシンを、彼女が許せるはずがないと思うのだ。 「頼む。そうでないと……何と言って慰めてやればいいのか、わからない」 しかし、カガリはこう言ってキラの瞳をまっすぐに見つめてくる。 その真摯さは、記憶の中の彼女と変わらない。 同時に、自分が言葉を返すまできっと引き下がらないだろうとも思うのだ。 さすがは双子と言うべきか。 そう言うところは自分と彼女はよく似ている、と認識させられる。 「キラ……もし、答えてくれないなら、知っていそうな人間、全員に聞いて歩くぞ」 さらに、脅迫とも聞こえるこんなセリフを彼女は口にしてくれた。そして、彼女の性格であれば、間違いなくそうするだろう……とも思う。 「カガリが、気にするようなことは……何もないよ……」 こうなれば、仕方がないから何とかごまかそうか、とキラは言葉を口にし始める。 「僕が、人殺しだって……改めて認識、させられただけ……」 指摘されるまで、忘れていたから……と苦笑を浮かべて見せた。ここであった人たちのほとんどが、優しい人たちだったから、その言葉を突きつけられるまで忘れていたのだ、と。 「……当たり前だろう!」 言葉とともに、カガリはキラを抱きしめる。 「お前は……ただ、守りたかっただけなんだろうが!」 そして、誰もがそう思って戦ってきた。それでも、殺さなければ自分が死んでいたのだ。それを責められる者は誰もいないだろう、と彼女は口にする。 「……でも……」 「私もアスランも、そしてデュランダル議長達も皆、そう思っている。だから、そんなに自分で自分を傷つけるな!」 見ている方が辛いんだ、と言うカガリの背中にキラはそうっと手を回す。 「……ごめん……」 こう呟きながらも、キラはそれで自分の罪が消えるわけではないのだ……と心の中で呟いていた。 |