泣き疲れたのだろう。 倒れるように眠りの中に落ちていったキラをカガリに任せると、アスランはクルーゼの元へと向かった。 「……クルーゼ隊長……」 どうやら、ギルバートと何かを打ち合わせをしていたらしい。通路の片隅で顔をつきあわせていた彼に声をかければ、即座に視線が向けられる。 「キラ君は?」 「……泣き疲れて眠りました……カガリをおいてきましたので」 あの調子ではしばらく目を覚まさないとは思うが、万が一起きたとしても彼女が側にいるから大丈夫だろう。アスランは言外にそう付け加えた。 「そうか。だが、念のために軍医殿に側にいて頂いた方がいいだろうな」 あの様子では、とクルーゼは眉を寄せる。 「あぁ、手配しておこう」 ようやく、こちらに戻ってきたキラを、自分たちの目の前で失うわけにはいかないのだ、とギルバートも頷いて見せた。その態度は、どう見てもプラント最高評議会議長が大戦の英雄でもある《キラ》に向けるものとしては度が越しているようにも感じられる。 いや、今までの言動を見てもそうだ。 それは一体どうしてなのか、とアスランは心の中で呟いてしまう。 だが、それを問いかけることはできない。 キラが自分たちに隠している《何か》に関わっているのではないか。 それを知りたい気持ちはある。しかし、それはあくまでも《キラ》の口から出るものであって、他の誰かから知らされるべきものではないはずなのだ。 「原因が何であったのか、お聞きしてもかまいませんか?」 その代わりというように、クルーゼにこう問いかける。 「完全にこちらのミスだよ……まさか、彼があそこまで思い詰めていたとは思わなかった、と言うところかな」 だが、それにまず言葉を返してきたのはギルバートの方だった。 「だが、あれではまずかろう……少なくとも《紅》を身にまとっているのであれば、な」 それだけ《紅》の意味は重いものではなかったのか、と口にするクルーゼの言葉に、アスランは相手が誰であるのかわかってしまう。 「それ以上に、肉親を殺された怒りの方が強かったのか……レイの話だと、彼を支えていたのは自分の肉親が殺されたとき、真っ先に目に飛び込んできた《フリーダム》への怒り、だったのだそうだからね」 だが、アカデミーでの学習で《個人》に対する憎しみは薄らいでいたのではないか。そう考えていたのだ、とギルバートは付け加える。 「そうは、見えませんでしたが。もっとも、議長がおっしゃっている人物が《シン・アスカ》の事であれば、の話ですが」 彼は、カガリ――いや《アスハ》に対し、あれだけの憎悪を今でも抱いているのだ。《フリーダム》に対するそれを忘れたとは思えない。アスランはそう考えていた。 「……あれは戦争だった。そして、いかに優れた人物でも、一人で全てを守ることなど不可能だ、と言うことを理解させねばなるまい」 そして、自分が同じ立場に立つ可能性がある、と言うことを……とクルーゼが口にする。そのためにはどうしたらよいか、と彼は考え込んだ。 「アスラン……」 「何でしょうか」 だが、その方法をすぐに見つけ出したのか。クルーゼはレイによく似た蒼眼をアスランに向けてくる。 「フリーダムのロックをはずせるかね? オノゴロでの戦闘データーが欲しいのだが」 彼等にも《紅》としての矜持があるのであれば、キラがどれだけ困難な状況に置かれていたのかを実際に経験させるのが手っ取り早い。 クルーゼはそう告げた。 「シミュレーターを使うのか?」 クルーゼの言葉にギルバートはようやく得心がいった、と言うように頷いてみせる。 「それが早かろう」 その上で説教をさせてもらうとするか……とクルーゼは笑う。その表情は、アスランが初めて見るものだと言っていい。 だが、と思う。 キラがかけたロックを自分がはずせるかどうかの方が優先だろう、とアスランは小さくため息をつく。申し訳ないがその自信がないのだ。 「ならば、ロックをはずさずとも……本国のライブラリにあるが?」 終戦の折、エターナルから入手したのだ、とギルバートは告げる。もっとも、あくまでも戦闘データーだけだが、と彼は付け加えた。本来のOSはフリーダムがなかったために入手できなかったのだが、という言葉に、アスランは小さくため息をつく。 「……その問題がありましたね……キラが、いやがります」 ストライクのOSを解析された結果が、地球軍のMSに拍車をかけたのではないか。キラがそう考えていたことをアスランは知っている。相手がザフトでも同じ結果になるのではないか、と思うのだ。 「それに関しては、心配はいらない。機体はともかく、OSには触らせないよう命令を出しておくからね」 残念がるものは多いだろうが、キラの存在を隠しておくならば可能だろう、と言う言葉を信用するしかできない自分が悲しい。アスランは心の中でこう呟く。 「……では、それを使って、大至急シミュレーション用のデーターを作成するか……」 キラであればさほど時間がかからないだろうが、自分たちではどうだろうか。 だからといって、キラにさせるわけにはいかないだろう。 「俺が……がんばるべきなんだろうな……」 小さく呟かれた言葉に、クルーゼが低い笑いを漏らした。 「……アスラン?」 側にぬくもりが感じられない。 それはどうしてなのだろうか……と思った次の瞬間、キラの意識はゆっくりと浮上した。 「気が付いたのか、キラ?」 その事実に、ほっとしたように声をかけてきたのはアスランではなくカガリだった。 「カガリ?」 どうして、彼女がここにいるのだろう。 そんなことを考えながら、キラは声がした方向へと視線を向ける。そうすれば、懐かしい黄金が視界に飛び込んで来た。 「ようやく、お前と話ができるな」 にかっと笑ってみせるその表情はキラの記憶の中にあるものと同じだ。だが、やはり三年間という時間が彼女の上に流れていたせいか、大人びたように感じられる。それとも、女性らしくなった、と言うべきか。 そんな彼女の側にいて、アスランが心変わりをしないと言えるのだろうか。 他人にいわせると、自分たちはよく似ているという話なのだし……というような考えが、キラの心の中にわき上がってくる。 「キ〜ラ?」 それが顔に表れたのだろうか。 カガリがあきれたような口調で呼びかけてくる。 「ま〜た、くだらないことを考えているな、お前は」 こう言いながら、彼女はキラの頬を指でつまんだ。 「あの男を擁護してやるのは不満だがな。それをしないでお前が落ち込むのは見ていられないから、仕方がない」 こう言いながら、さらにカガリはキラの頬をを両側に引っ張る。 「第一だな、私にだって選ぶ権利はあるんだぞ」 それは違うのではないか、とキラは思う。アスランなら、誰でも好きになるのではないか、と考えるのだ。 「それに、私はともかく、ラクスがあいつが他の誰かに気を移す事を許すと思うか? そんなことをしたら、あいつ顔の造作が変わるぞ」 もちろん、自分だって遠慮なくぶん殴るとカガリは付け加えた。 「もっとも、心配する必要もないがな。あいつは、二言目にはキラ、キラ言うんだ」 あんなキラバカ、他の誰でも鬱陶しいどころか邪魔だと思うに決まっているんだ。だから、自分が泣く泣く引き取ったんだ……と彼女は付け加える。 「そう、なの?」 「そうだ。そのくらいは信じてやれって」 もっとも、と声を潜めたところでカガリはようやくキラの頬をはなしてくれた。そして、その代わりというように額をキラのそれへと合わせる。 「ただ、あいつも男だからな……適当に処理してきたらしいんだが……そのくらいは妥協してやれ」 たまには人肌が恋しかったことだってあるさ……という言葉にキラは瞳を伏せた。そうさせたのは、間違いなく自分だろう。 「お前がこうしてここにいてくれる。それだけで、私たちはいいんだよ」 だから、自分に自信を持て。そう言ってくれる彼女は、昔と変わらず自分の背中を叩いてくれる存在だった。 |