カガリの様子を見てくるよ。そう言い残して、アスランが出て行ったのはついさっきのことだ。
「すぐに戻ってくるからって……」
 自分は小さな子供じゃないんだから……とキラは思う。それでも、こうして枕に体を預けなければ起きていられないのだから、似たようなものなのだろうか。
「……ともかく、みんなに心配をかけないように体調だけは元に戻さないと……」
 しかし、こんなしっぺ返しが待っていたとは思わなかった、とキラはため息をつく。
「どこが《最高のコーディネイター》なんだろうね、僕は」
 確かに、今まで死なずにすんだのはそうなのかもしれない。でも、それだからと言って他の人間の命を奪っても良かったのか。
「守りたかった人も、守れなかったのにね」
 それでも、彼だけでもこうしてこの場にいてくれることを喜ばなければいけないのか。それは、自分だけではなく他の人たちの願いも含まれているのだから、と。
「……でも、どうしても、戦いは終わらないんだね……」
 三年間経ったという実感は、まだ薄い。それでも、記憶の中にいるよりも成長したアスランやレイの姿がキラに時間の経過を見せつけていた。
 それが悲しいわけではない。
 自分が選んだ結果だとわかっているからだ。
 それでも、彼等が少しでも平和を長引かせようと努力していた間、何もできなかったのは辛い。
 何よりも、自分が目覚めたと同時に世界が戦争へと向かいかけているというのであれば、何と言っていいのかわからないのだ。
「僕は……疫病神なのかな」
 自分がいるから、戦いが起こるような気がしてならない。
 もっとも、そんなこと他の者が耳にしたらものすごい勢いで否定されるだろう。それがわかっていても、キラはこんな事を考えてしまう。それは、自分が一人でここにいるからだろうか。
「早く、アスラン達が戻ってきてくれないかな……」
 それが甘えという感情だ、と言うことはわかっている。それでもこう言わずにいられないのは、きっと、寂しいからだろう。
 あるいは、誰かのぬくもりを感じていたいからか。
 そのどちらなのかはわからない。
「一人は、いやだな」
 でも、このままでは何かに押しつぶされてしまいそうなのだ。
 だから、誰かに側にいて欲しい。できれば、アスランがいいな……などとキラが考えていたときだ。不意に誰かが入ってくる気配がした。
「アスラン?」
 それとも先生か。あるいはレイかもしれない……と考えながら、キラは視線を向ける。
 だが、そこにあったのは紅玉の双眸。
「……シン君?」
 どうして彼がここにいるのだろうか。キラはそう思って、目を丸くする。
「キラさんに……聞きたいことがあります」
 堅い口調でシンがこう告げた。
「僕に?」
 ザフトの紅がどのような存在なのか、キラはもう知っている。そんな彼が一体何を聞きたいというのだろうか。自分に教えられる事なんて何もないはずなのに、とキラは小首をかしげる。
「……キラさんが、フリーダムのパイロットだというのは……本当なのですか?」
 そんなキラの耳に届いたのはこんなセリフ。
「シン君?」
 どうして、彼がそれを聞きたがっているのだろうか。キラにはわからずに彼の顔を見つめる。
「俺は……地球軍のオーブ侵攻のあの時……オノゴロ島にいました。家族と一緒に」
 シンは淡々とした口調で言葉をつづり始めた。
「でも、俺以外の家族は、あの日……死にました。側に、フリーダムと地球軍のMSがいて……どちらの攻撃かはわかりませんけど……」
 それでも、あの時あそこで戦いがなければ家族は死なないですんだのだ、とシンは付け加える。
 その言葉が、キラに忘れかけていた自分の罪を思い出させた。
 自分の知らないところで失われていた命があったのか。しかも、それを奪ったのは自分自身かもしれない。その事実に、キラは呼吸ができなくなるほど衝撃を受けた。
「……僕が?」
 それでも、何とか言葉を絞り出そうとする。
「キラさん?」
 だが、肺に空気が入ってこない。
 呼吸をしなければいけないのに、どうすればいいのかわからないのだ。
 それでも苦しさは感じてしまう。
 どうして、こんなに苦しいのだろうか。
「キラさん、どうしたんですか?」
 さすがに、キラの様子がおかしいことにシンも気が付いたのだろう。慌てて側に寄ってくる。だが、さしのべられた彼の手をキラは拒む。
 彼に優しくしてもらう資格は自分にはないのだ。
「……キラさん!」
 だが、キラの仕草が信じられなかったのか。シンは驚いたように動きを止めている。
「……僕が、君から……」
 家族を奪ってしまったの? とキラは声にならない声で問いかけた。
 あるいは、この事実を知っていたからレイはキラと彼を会わせないようにしていたのだろうか。
 自分に、犯してしまった罪を知らせないため? とキラは心の中で呟く。
 だとすれば、それは優しくて、なんて残酷なことだったのだろうか。
 もっと早くにその事実を知っていれば、あるいはこれほどの衝撃を受けなくてもすんだのかもしれない。
 そして、再び彼の腕に抱きしめられた、という幸福だけによっていなくてすんだのではないだろうか。
 八つ当たりかもしれない、とはわかっている。そして、レイがそうしたのは間違いなく自分のためだろうと言うことも、だ。
「キラさん! まずは呼吸をしてください!」
 シンの声がまたキラの耳に届く。しかし、それは遠いどこからか響いてくるもののように思える。
「……ぼく、が……きみから、かぞくを、うばったの?」
 それでもキラは、何とかこれだけを絞り出すように口にした。その瞬間、シンが息をのむ気配が伝わってくる。
 あぁ、そうなんだ。
 やはり、自分は許されてはいけない存在なんだ。
 キラは心の中でこう呟く。
「キラ君!」
 そのまま意識をとばそうとしたキラの耳にクルーゼの声が届いたような気がしたのは錯覚だろうか。
 それでも、彼にだけは新たな未来を与えられたかもしれない。
 それだけが、キラにとって唯一の救いだった。
 だから、こんな自分でも迎えに来て欲しい。抱かれたぬくもりすら思い出せない母に向かって心の中で呼びかけると、キラはそのまま意識を飛ばした。