それからすぐ後のことだ。 ザフトがアラスカを攻撃する……と知らされたのは。 「そんな……アラスカにはアークエンジェルが……」 あの人達がいるのに、とキラは思う。それなのに、自分はどうしてここにいるのだろうか。 もし、彼等のところへ行くことができたなら……今度こそ守ってみせるのに、とそう思う。そして、誰も殺させないのに、とも。 それが不可能に近いことはわかっていても、あるいは、と囁く声がキラの中にある。 誰の声かはわからない。 だが、信じてもいいのではないか――いや、信じたい、と思う。 「キラ……」 ぎゅっと拳を握りしめ考えているキラの様子から、何かを察したのだろう。ラクスが声をかけてくる。 「決められたのですね?」 それは、問いかけではなく確認。 「でも……僕には手段がありません……」 地球にさえ戻れれば、何とかなるだろう。しかし、現状で《自分》が地球に戻ることは難しいのではないか。キラはそう思う。 「私に、任せておいてくださいませ」 キラが決意を固められたのであれば、自分も動く……と彼女は微笑む。 「ラクス?」 キラの問いかけにはさらに笑みを深めるだけだ。そしてそのまま彼女は流れるような動作で立ち上がる。 「伝えてください。ラクス・クラインは平和の歌を歌います、と」 キラが知らない口調で彼女は言い切った。その言葉の裏にどのような意味が含まれているのだろうか。それをキラは知らない。だが、自分の言葉をきっかけにして、彼女が何かを決意したことだけは間違いないことだろう。 「……ラクス、君は……」 しかし、本当にいいのか。 彼女たちまで《裏切り者》になる必要はないだろうに、とキラは思う。 「これから忙しくなりますわ、キラ」 しかし、ラクスの表情はあくまでも穏やかなままだ。 「このままではいけないのです。このままでは、世界は憎しみに支配されてしまう。それだけはさけなければいけないのです」 そのためにはためらっていられないのだ。この言葉とともに微笑む。その微笑みに、キラは何も言えなくなってしまった。 「ですから、キラ。貴方が必要なのです、私には」 自分のためにキラに力を貸すのだ、とラクスは口にしながらキラを見つめてくる。 「それに、私もフラガ様達に死んで頂きたくありませんもの」 それはキラも同じ考えだ。だから、と自分を納得させることにした。 キラを地球に行かせるための手段。 それが整ったのは二日後のことだった。 ここまで来れば立ち止まってはいられない。そんなことをすれば気づかれてしまうだろう。そう判断したシーゲルやラクスの指示で邸内はさりげなく慌ただしさを増していた。 しかし、キラにはそれは関係ない。ただ、彼等が無事なのかどうかだけが気にかかっていた。 「キラ……」 その時だ。言葉とともにギルバートが姿を現した。 「良かった、間に合ったようだね」 こう言いながら、彼はキラに歩み寄ってくる。 「ギルバートさん……今、ここにいらしては……」 彼まで《裏切り者》と言われる必要はないのではないか。 「気にすることはない。どのみち、私はクライン派の一員として認識されている。これから、シーゲル様とともに出かける予定にもなっている以上、来ない方が不審がれるからね」 しかし、彼はこう言って笑う。 「ですが、貴方に何かがあってはレイ君が……」 困るだろう、とキラは考える。何よりも、自分のせいで彼に何かあっては、レイにまで恨まれるのではないだろうか。一度しか顔を合わせたことがない相手とはいえ、好意を抱いている彼にまでそんな感情を向けられたくないとキラは思う。 「あの子なら大丈夫だよ。心配はいらない」 だが、ギルバートは微笑みを浮かべるとこう告げる。 「私が何をする気なのか、あの子も理解をしている。出がけに、君に気をつけるように、という伝言をくれたよ。また、かならず会いたい、とも」 その言葉に、キラは目を丸くした。まさかそう言われるとは思わなかったのだ。 「僕は……あなた方の《敵》になるかもしれないのに……」 それなのにそう言ってくれるのだろうか。自分は地球軍――いや、アークエンジェルを助けに行くのだ。そうなる可能性は否定できないだろう、とキラは思う。 「ラクス嬢が君を信用しているのだ。そのようなことはないだろうね」 それに、と彼は付け加える。 「私も、君という人間を知っている。君はもう、どちらか片方にだけ肩入れをするはずがないだろう?」 だから、心配はしていない、とも。 こんな風に信頼をしてくれる人がいてくれて良かった、とキラは内心で呟く。 「あぁ、そうだ」 キラの表情を見て、安心したのか。 それとも、ポケットに入れた指が何かに触れたからか。 ギルバートは何かを思い出した、と言うようにうなずいている。 「肝心のことを忘れるところだった」 そう言いながら、ポケットの中からあるものと取り出した。そして、それをキラの前に差し出してくる。 「これを君に渡そうと思ってきたのだよ」 それは一枚のデーターカードだった。それを受け取りながらも、キラは理由がわからない。 「どうして、これを僕に?」 ギルバートさん、とキラは彼に問いかける。 自分が持っている必要があるものなのか。今、持っていなければならないのであれば、それはこれからの戦いに必要なものだとしか考えられない。 だが、そうではなかったらしい。 「君に持っていて欲しいのだよ。いつかのために」 そんな日が来なければいいのだが……と彼は小さくため息をつく。 「いつかのために……ですか?」 一体彼は何を言いたいのだろう。いや、何を知っているのだろうか。 「君にとって、救いになるかもしれないことだ」 そして、もう一人のために……と付け加えられて、キラは小首をかしげる。 「ギルバートさん?」 何なのか、説明して欲しい、とキラは思う。 だが、状況がその時間を与えてくれなかった。 「……君が知らないですめば、それでいいのだがね……あぁ、ラクス嬢がお呼びだ」 行きなさい、と彼はキラの肩をそうっと押した。 「……ありがとうございます」 今まで親切にしてくれて。こう言えば、彼は小さく微笑んでくれる。それを最後に、キラはラクスの方へと駆け出していった。 |