「……さて……」
 こう言いながら、クルーゼはギルバートを見つめる。
「本気で、お前は私と彼をどうするつもりなのだ?」
 キラに関していえば、何とかなるのではないか、とクルーゼは思う。だが、自分はどうなのだろうか。
 自分が行った罪はよくわかっている。
 だから、裁かれるべきなのだ……と言うことも理解をしていた。しかし、そのせいで自分の命が失われてしまえば、キラの行為が無駄になるのではないか。その時、あの心優しい少年がどうするのか、と考えれば心が痛む。
「どうもしない。私が責任を持って保護をする……と言っただろう?」
 言葉とともにギルバートの手がクルーゼの髪をすくい上げた。
「そのために、私は力を得た。確かに、お前の罪はなくすることはできないが……だが、現在の状況がお前の存在を必要としている」
 幸か不幸かな、と彼は苦しげに口にする。
「ザフトに、復帰しろ……と?」
 三年ものブランクがあるのに、とクルーゼは苦笑を浮かべた。もっとも、自分にとって見れば前の戦争が終わってほんの数日なのだが、世の中の流れは速い。MS一つにしても、性能の向上が見られるのは事実だ。
「ザフトには、有能な指揮官が必要なのだよ……それも、前の戦いを経験した……」
 有能なものは多いが、経験不足は否めないのだ、とギルバートはため息をつく。その結果、多くの命が失われるかもしれない、とも。
 それはわかる。
 指揮官の采配如何で兵士の生死が決まるのだ、と言うことをクルーゼは実際に体験しているのだから。
 だが、とも思う。
「私は……ザラ派の人間だったのだぞ」
 しかも、積極的に彼をバックアップしていたのだ。もちろん、本心は違うところにあったのだが、それを彼に言う必要はないだろう。
「それでも、お前が拘束された我々のためにさりげなく快適な環境を作ってくれたことは、皆が知っているぞ?」
 第一、あの時代にザラ派ではなかった隊長がどれだけいるのか、とギルバートは反論してくる。
「それに、本心から過去の自分を悔やんでいるのであれば、お前の能力をザフトに貸してやって欲しい」
 一人でも無駄に死んでいくものが減るように……という言葉に、どうしたものかというようにクルーゼは考え込む。自分の力が必要だというのであれば、そうすることはやぶさかではない。だが、とも思うのだ。
「……言葉は悪いが……お前が目立ってくれれば、それだけキラ君を隠しやすくなる、というのも、事実なのだよ……」
 ラウ・ル・クルーゼという名前は、良くも悪くも、未だにプラントでは人々の記憶の中に残っているのだ、と彼は告げる。だから、そんな彼が、最悪の状況を回避するために尽力を尽くして戻ってきたと知られれば、人々の意識はそちらに向くだろう。ギルバートが《民間人》の少年を保護してきたとしてもさほど騒がれずにすむのではないか。
「なるほどな……それならば、妥協をせねばならぬかもしれぬな」
 もっとも、今の自分に従ってくれるものがどれだけいるだろうか。
 あるいは、こんな自分の意見に耳を貸してくれるものが存在しているかどうか。
 不安がないわけではない。
 だが、それでも《キラ》の存在を周囲に知られるわけにはいかないのだ。そんなことになれば、間違いなく彼を利用とする者達が出てくる。その結果、あの心優しい少年がどうなるか。最悪、心を壊してしまうのではないか、という不安があるのだ。
「もっとも、今の私を信用してくれるものがどれだけいるかな」
 一人もいない状況では、戻ったとしても意味がないだろう。むしろ、そのせいでギルバートの足を引っ張るようなことになってはキラのみの安全のためにならないのではないか。こうも考えるのだ。
「心配はいるまい。少なくとも隊長クラスのもので数名、心当たりがある」
 だから、それについては心配はいらない、とギルバートは笑う。
「どのみち、お前には本国で私の補佐をしてもらうつもりだ。その方が、キラ君も安心できるだろうしな」
 必要なのは、クルーゼの同意だけなのだと言いながら、彼はそっと髪に口づけてくる。
「それに、お前も彼も……私がかならず守ってみせる」
 この言葉に、クルーゼは曖昧な笑みを返す。その唇に、ギルバートのそれが重なってきた。

 キラが本当にフリーダムのパイロットなのか。
 周囲ではそう結論が出ているらしい。だが、どうしてもシンには信じられなかった。
 体の華奢さでは、女であるルナマリアの方が上だろう。だから、そのせいだとは言えない。だが、かいま見た彼の性格から推測して、おそらく戦うよりも平和を好むタイプなのではないか、と思うのだ。
 そんな彼が、あの鬼神のような動きを見せるパイロットだったとは信じられない。
 いくら自分を納得させようとしても、この結論に戻ってしまうのだ。だったら、とシンはあることを決意した。
「本人に、聞くしかないか」
 その結果、どうするか決めよう、とシンは思う。
 ただ、あの様子を見ていれば彼を憎み続けるのは難しいのではないか、とそんな気持ちすらある。
「……でも、あの人のせいで失われた命があることだけは、知っていてもらわないと……」
 でなければ、あの女のようになってしまうのではないか。
 人の命すら、自分たちの理念のためには無視できる。
 もっとも、周囲から漏れ聞いた言葉――主として、その情報源はメイリンだ――が本当なのだとすれば、彼はあの最後の戦いから今までコールドスリープをしていたのだという。つまり、あの戦争がつい先日のことなのだ、と言うことになるのか。
 ならば、なおさら問いかけたい。
「問題は、俺があの人の側に行けるかどうか、だよな」
 レイをはじめとする者達は皆、自分が彼――キラの側に行くことをいやがっている。いや、できることなら関わらせたくないと思っているようだ。そちらの方へ足を運ぼうとするとわざとらしい邪魔が入ることも事実。
「それでも、今のままじゃ、何もできないんだ、俺は」
 自分の気持ちにけりが付かない以上、どこかで迷いが生じる。それではいけないのだ。そんな気持ちでは、戦うことができないのだ、とシンにはわかっていた。
「あの人を苦しめることになるかもしれないけど……」
 それもわかっている。
 わかっていてもしなければならないことがあるのだ、とシンは心の中で決意を固めた。
 そのまま、そうっと移動を開始する。
「これから休憩?」
 途中、ルナマリアとすれ違った。
「あぁ。心配はいらないとは思うが、気をつけろよ」
 これから待機になる彼女に向かって、シンはいつものようにこう呼びかける。
「誰に向かっていっているのよ」
 そうすれば、笑いながら彼女は言い返してきた。それもいつもの言葉だ。
「何があるか、わからないんだからさ」
 ただ、今が非常事態でなければ、の話だ。
「わかっているわよ」
 大丈夫、任せておきなさい、と笑う彼女にシンは頷いてみせる。そのまま、居住区へと向かって体の向きを変えた。そんな彼の仕草に、ルナマリアは何も疑念を抱いていないらしい。
 それは普通の行動だからだろう。
 しかし、自分の目的地はそこではないのだ。
「……見つからないようにしないとな」
 その思いのまま、シンは医務室へと向かう。その彼の姿を、まだ誰も気づいていなかった。