一体、あの二人は何者なのか。
 そして、レイとの関係は何なのか。
 レイに医務室を追い出されてからと言うもの、その考えがシンの脳裏から消えることはなかった。
 だからといって、自分の任務まで放り出すわけにはいかない。
 仕方なくパイロット控え室にシンが足を踏み入れようとしたときだ。
「……あのレイに似ている人がクルーゼ隊長で、もう一人の人がフリーダムのパイロット? それ、本当なの?」
 ルナマリアのこんなセリフがシンの耳に届く。
「あくまでも憶測だけどな」
 こう言い返してきたのはヴィーノだ。
「フリーダムのシートの位置からすれば、どう考えてもレイとシンと同じくらいの体格の人間が使っていたとしか思えないんだよ。そうなれば、二人のうちで当てはまるのが、あの少年の方だろう? だから、そうじゃないかなって、さ」
 そう判断しただけだ、と彼は付け加える。
「それはいいけど、どうしてあの人がクルーゼ隊長だってわかったの?」
 フリーダムのパイロットの方はわかったけど、と彼女はさらに追求をした。
「議長がそう呼んでいたのを聞いた人間がいたんだよ。ただそれだけだって」
 それ以上のことは自分もわからないのだ、と彼は及び腰になっている。もっとも、それも無理はないだろう。興味を覚えたときのルナマリアの追求は普通ではないのだ。もっとも、そうでなければ彼女が《紅》を身にまとっているわけがないのだが。
 しかし、そんなことはどうでもいいとシンは思う。
「キラが……フリーダムのパイロット?」
 あのキラが……とシンは心の中で呟く。
『何故、君がそれを着ているの?』
 レイの腕の中で震えていたキラ。
 あの彼が、鬼神とも言えるような動きのMSを操っていたというのか。
 とてもそうは思えない……というのがシンの感想だった。
『まだ……戦争が、続いていたんだね……』
 僕がしたことは無駄だったのかな、と付け加えた彼をレイが必死に慰めようとしている。だが、キラの綺麗な瞳からは次から次へと涙がこぼれ落ちていた。
 目の前の彼が、本当に自分の家族を殺したのだろうか。
 そう思わずにはいられない光景だった。
 だが、と思う。
 それでも彼が本当に『フリーダムのパイロット』だったとするのなら、その罪を自覚してもらわなければいけない。アスハの、あの女のように自分が考えていることが全て正しいのだと思いこまれては困るのだ。
 彼が優秀なパイロットであればあるほど、また戦いに出てくる可能性が大きい、とシンは考える。
「その時に……俺がキラを撃ち落としたくならないように……」
 この気持ちにきっちりと片を付けておかなければいけない。
 どうして自分がそう考えたのか、シンはあえて考えないようにしていた。

「……落ち着きましたか?」
 こう問いかければ、キラは小さく頷いてみせる。
「ごめん……取り乱して」
 言葉とともに、キラはレイの腕の中から抜け出そうとした。しかし、自分の体を支えていることも難しいのか、またレイの胸へと体を預けてくる。
「いえ。それよりも、体力が落ちているそうですから、無理をなさらないでください」
 その体を、レイはそうっとシーツの上に戻した。
 以前から華奢だとは思っていたが、こうしてみるとそれが異常だとすら思える。それは、自分が同じ年代になったからだろうか。それとも、三年間の間にそれなりの経験を積んだからかもしれない。
「……それに……」
 さて、これを口にしていいものかどうか。
 しかし、あの二人のことだ。話を聞きつければ無条件で飛んでくるに決まっている。ならば、先にはなしておいた方がいいかもしれない、とレイは考えた。
「アスランさんと、カガリさんが艦内にいらっしゃいます。それに、ギルも」
 この言葉に、キラは目を丸くする。
「どう、して……」
「偶然です。この艦が出撃するときに、ギルとカガリさんが秘密会見を行っていて……アスランさんは、カガリさんの護衛と言うことで付いていらしたそうです。その時に攻撃を受けたので、三人とも、ここに避難をしてきたわけです」
 それが一番安全だったから……とレイはキラを安心させるように微笑む。
「そのおかげで、少なくともプラントでのことは話が簡単になりました」
 ギルがいるから、無理を通すことが可能なのだ、とレイは付け加える。
「……それで、ギルバートさんの立場が悪くならなければいいんだけど……」
 相変わらずといえるセリフをキラは口にした。
「大丈夫です。ギルは……キラさん達が戻ってきたときのために議長になったんです。そして、俺は、少しでもギルとキラさんを守れるようになりたかったので、ザフトに入ったんです」
 そして、その願いの一つはかなったのだ、とレイはキラの頬に触れながら思う。
 こうして、再び彼のぬくもりを感じることができたのだから。いや、それ以上にキラ達を保護することができたのが自分だという事実が誇らしいとも思うのだ。
「だから、今は体調を整えることを優先してください」
 自分がキラを守るから、とレイは微笑む。
「でないと、安心して皆さんをお呼びできません」
 でなくても押しかけてくるだろうから……と言えばキラも苦笑を浮かべた。
「そう、だね……でも、アスランもカガリも、大きくなったんだよね」
 ふっとキラがこう呟く。
「でも、お二人ともキラさんのことを心配していらっしゃいましたよ」
 どんな姿になっても帰ってきて欲しいのだ、と言っていた。そう教えれば、キラは少しだけ安堵したような表情を作る。
「お二人に心配をかけたくないのでしょう? もう一度、お休みください」
 側にいるから、と言えばキラは小首をかしげた。
「でも……任務は?」
「大丈夫です。ギルからの直接の指示ですから」
 職権乱用でも何でもかまわないのだとレイは笑い返す。だから、安心していいと。そして、そっとキラの髪をなでた。
「まずはゆっくりと休んで……それから、どうすればいいかを考えましょう。俺も、お手伝いしますから」
 だから、いいながら、さらにキラの髪をなでていけば、ゆっくりとキラのまぶたがおりていく。
 やはり、体調が優れないからか。そのまま、彼は寝息を立て始めた。
 その事実に、レイはほっと安堵のため息をつく。だが、その表情はすぐに引き締められた。
「……キラさんを傷つけるなら……お前でも容赦はしないからな」
 シン、と言う名前は心の中だけで付け加える。
 彼がザフトに入った経緯を思い起こせば、間違いなくキラが『フリーダムのパイロット』である以上、彼の憎悪の対象になるはずだ。しかし、それをキラが受け止められるかというのは別問題であろう。
 あるいは、そのまま彼の心に大きな傷を残すことになりかねない。ただでさえ、キラは守れなかった命があることに後悔の念を抱いているのだ。それが、不可能だとわかっていてもだ。
 そんな彼だからこそ、不可能を可能にしたのかもしれない。
 だが、奇跡は二度起こるものではないこともまた事実。
 そうならないように何とかしなければならないのだ、とレイは心の中で呟く。そのために、自分は軍人になったのだから。
 力を持っていてもできないことがあることはわかっている。
 でも、せめて大切な人たちだけは守りたい。
 キラの寝顔を見つめながら、レイはその思いを新たにしていた。