目の前の人物を、確かに自分は知っている。
 だが、一体誰なのだろうか。
 記憶の中で目の前の面影に一番近いのは《レイ》だ。だが、どう考えてもそれよりも、十は年長だろう、彼は。
 それに、とアスランは目をすがめる。
 目の前の人物が身にまとっている空気はもっと別の場所で感じたものだ。
 そう。
 あの戦争の時、ここではないが他の戦艦の艦内で、だ。
「そんなに、仮面がないと変かね? アスラン・ザラ」
 アスランのそんな態度がおもしろかったのだろうか。彼は低い笑いとともに言葉を口にする。
「……クルーゼ、隊長?」
 信じられない、とアスランは思う。彼もまた、あの三年前の戦いの時に行方不明になった一人だ。状況を考えればMIAと認識されてもおかしくはなかったはず。
 その彼が目の前の人物だというのか。
 何かの冗談だろう、と思いつつも、アスランは確認の言葉を口にした。
「そうだ」
 それ以外の誰に見えるのか、と彼は逆に聞き返してくる。
「……ですが……」
 仮面を取った顔など見たことがないのだから仕方がないだろう、とアスランは心の中で付け加えた。
「それについては、後でもかまわないだろう。違うかな?」
 事態の説明の方が優先ではないか、とクルーゼは口にする。
「そうですね。貴方がクルーゼ隊長だとおっしゃるのでしたら、一緒に保護されてきた少年がフリーダムのパイロットと判断してよろしいのですね?」
 タリアがクルーゼに向かって確認の言葉を投げかけた。その内容に、アスランだけではなくカガリも冷静さを保てなくなってしまう。
「フリーダム……ですか?」
「キラがいるのか!」
 クルーゼに向かって今にも飛びかかりそうなカガリを、アスランは必死に押さえつける。もっとも、本音を言えば自分も同じ行動を取りたいのだ。しかし、それでは話が進まない、と言うこともわかっている。
「本当に愛されているのだな、彼は」
 そんなカガリの態度も好ましいというのだろうか。クルーゼは穏やかな笑みを浮かべている。そんな彼の表情を見るのは初めてかもしれない、とアスランは思ってしまう。
「確かに、彼も一緒だ。ただ、眠り姫症候群が見られたのでね。医師に預けてある」
 聞き慣れない言葉に、カガリの頭も冷えたのだろうか。アスランの腕の中でおとなしくなる。そんな彼女にギルバートも苦笑を見せた。
「この場でできる処置は終わっているそうだ。今は……レイを側につけてある。顔見知りだから、キラ君も安心できるだろう」
 だから、終わりまで話を聞いて欲しいと、彼は付け加える。その言葉に、カガリは小さくため息をついた。
「手早くお願いしたいものだな」
 そして、早くキラにあわせて欲しい。声を交わすことはできなくても顔を見るぐらいは……と態度で表すカガリに、アスランですら苦笑を禁じ得ないのだ。
「手早くと言われてもな……話は長くなる」
 順を追って説明をするとなるとな、とクルーゼは口にする。そして、どうしたものかというようにギルバートへ視線を流した。
「カガリ姫。お気持ちはわかりますが、ここできっちりと話をしておかなければ、後々困ることになるのではありませんか?」
 キラを守らなければならないのであれば、とギルバートがクルーゼのフォローをする。その言葉の中に見え隠れしている、さりげない気遣いに、アスランはこの二人はどのような関係なのだろうか、と思う。
 だが、それを問いかけるよりどうして彼等が一緒にいたのかを聞きたい。アスランはそう考えた。
「……わかった……キラのためなら、仕方がない」
 自分の気持ちを素直に口に出せるカガリは、ある意味可愛いと言える。ただし、国を代表するものとしては多少問題があるだろうが、とアスランはため息をつく。しかし、それについても後で考えればいいことか、とも思い直す。
「と言うことだ」
 話を始めてくれ、と言うギルバートの言葉にクルーゼは頷く。そして、視線をアスラン達へと向けた。
「……アスランには、多少辛い内容になるかもしれないが」
 そして、こう前置きをする。
「父のことでしたら……ご心配なく」
 今更ながらに、自分は《アスラン・ザラ》ではなく《アレックス・ディノ》だったと思い出す。しかし、それを気にするものはこの場にはいない。それがいいことなのかどうかわからないものの、アスランはこう言葉を返した。
「ザラ閣下は、自分たちに未来がないのも、全てナチュラルのせいだと思っておられたらしい。もっとも、最後の方はある意味正気ではなかったのだろうが」
 しかし、プラント全体がそうだったのだから仕方がないのか、とクルーゼはため息をつく。
「だから、万が一自分たちに何かあった場合、地球に住む者、全てとは言わないがそれなりの者達を道連れにしたかったのかもしれん。ジェネシスの自爆装置が停止すると同時に、デブリに偽装していたコロニーを地球へ落とそうと考えていたのだよ、彼は」
 その内容に、カガリだけではなくタリアも息をのむ。そうした場合、どれだけの被害が出るか、彼女たちにも想像が付いたのだろう。
「立場上、事前にそれを知らされてはいたが……本気だとは思わなかったのだよ」
 だが、それは実行に移されていたのだという。
 そして、それを止めなければいけないのだ……と彼は考えた。しかし、一人では不可能だとも判断したのだ、と付け加える。
「キラ君のことは、アスランとフレイ嬢……から聞いていたのでな。わずかな可能性にかけて協力を求めたのだよ。もちろん、断られることは予想してのことだったが」
 しかし、キラは無条件で協力をしてくれた。
 そして、自分たちは損傷をしていたMSを使い、それを止めるために戦場を離れた。そして、より損傷が激しかったプロヴィデンスを内部で自爆させ、フリーダムで避難をしたのだ、と彼は淡々と告げる。
「ただ、予想外のことが起こったのだよ」
 そういうと、彼は深く息を吐き出す。
 それは次の言葉を口にしていい物かどうか、悩んでいるようにも見えた。
「君たちも知っているとおり、あれらのエネルギーは核だ。計算では、大丈夫だと思ったのだが……フリーダムの損傷が大きかったせいか、わずかだが被爆をしていた。そして、フリーダムでプラントに戻ることも不可能だったのでな。近くにあった研究衛星に逃げ込んだ、と言うわけだ」
 被爆の影響を避けるためにコールドスリープ装置で眠ることにしたのだ、とクルーゼは口にした。コンピューターが被爆の影響が無くなったと判断するまでの間、と。
 そして、目覚めたのが数日前だ……と告げたところで、彼は言葉を締めくくった。
「まれに……コールドスリープ装置と相性が悪い、としか言いようがない者がいる。どうやら、キラ君はそちらの体質だったらしいね。現在、体調を崩しているのはそのせいだろう」
 適切な治療を受ければ、すぐに良くなる……とギルバートが口を挟んでくる。
「ただ……申し訳ないが、しばらく地球に降下することは難しいだろう」
 この言葉に、カガリがぎょっとしたような表情を作った。
「それは……」
「彼の体が、地球に降下する際にかかるGに適応できないのだよ」
 最悪の場合、意識障害が出るかもしれない、と告げたのはギルバートだ。その言葉に、カガリは拳を握りしめる。
 本当であれば、一緒に戻りたいのだろう。
 それは、アスランにしても同じ気持ちだ。
 だが、そのためにキラを失うわけにはいかない。
「心配しなくてもいい。私が責任を持って、彼を預かろう」
 だから、信用して欲しい……とギルバートは言葉を重ねてくる。そんな彼に、カガリはすぐに言葉を返すことができないようだった。