与えられた衣服は、かつて身にまとっていた色ではない。だが、あのころの自分の立場を考えればそれも無理はないだろう、とクルーゼは思う。
「……まさか、議長閣下とはな」
 お前が……と目の前の人物に向かって苦笑を返す。
「いろいろと事情があるのだよ」
 その言葉の裏に隠されている意味に、クルーゼはもちろん気が付く。
 目の前の男は、自分をはじめとした者達を守ろうとしたのだろう。そのためには権力が必要だったと言うことか。
「物好きだな、本当に」
 しかし、その重責はかなりのものだろう、と推測できる。あのパトリックですらたまに弱音を吐いたことをクルーゼは覚えているのだ。
「気にするな。楽しんでいるからな、私は」
 しかし、目の前の相手はそう言って笑う。
「地球連合のじじいどもの相手はな、笑いを押し殺すのに苦労するがな」
 それはそれで楽しいものだ、と言うギルバートの言葉をどこまで信用すればいいものか。見た目とは違い、彼がかなり執念深い性格をしていることをクルーゼはよく知っていた。でなければ、あんな馬鹿なことをあの子供に示唆するはずがないだろう。
「……それも自業自得だろうが。余計なことを計画しなければ、その分の苦労が減っただろうに」
 たとえば、自分を見捨てるという選択を取るとかな、と言外に告げれば、
「君たちをこの手に取り戻すことが最終目標なのに、どうしてそれをあきらめなければいけなかったのかね?」
 みんなで幸せに暮らすことが唯一の望みなのだ、と臆面もなく答えを返される。
「そう言えば、キラ君は……」
 そのことで彼の状況を思い出したのだろう。ふっとギルバートは表情を曇らせた。
「そちらの対処が早かったから、そう心配はいらないと思うが……ただ、しばらく無理はさせられないだろうな」
 普通のコーディネイターならともかく、キラは特別なのだ。それ故に、今までのデーターでは通用しない面がある可能性は否定できない。
「そうか。では……姉君達の元に返すよりは私が引き取った方が良さそうだね。少なくとも彼の体が完全な状態に戻るまでは」
 それはそれで問題だろうが……とギルバートは苦笑を浮かべる。
「せいぜい、がんばるのだな」
 ああいった以上、そこまで責任をとれ、とクルーゼは口にした。
「もちろんだとも。ようやく、お前達二人を取り戻せたのだからね」
 ふっとギルバートが笑ったときだ。キラの処置をしていた医師が彼等の方へを歩み寄って来るのがわかる。この場だけはどの艦でも治療のために重力があるのだな、とクルーゼは意味もなく心の中で呟いた。
「とりあえず、落ち着きました。ただ、本国での診察をできるだけ早く受けて頂きたいのですが。残念ですが、ミネルバは軍艦ですから、最低限の医薬品しか積んでおりませんので」
 もっと設備が整った場所であれば適切な治療を行えるのだが、と彼は悔しそうだ。
「何、かまわない。では、このまま治療の方を頼む」
 そんな医師に向かって、ギルバートはねぎらいの言葉を投げかけた。
「お前は……すまないが状況を説明してもらわなければいけない。その場には……オーブの姫君と、その護衛も同席することになあるが、かまわないな?」
 オーブの姫君というのが《カガリ・ユラ・アスハ》の事だろう、と言うことはクルーゼにもわかる。彼女が今どのような立場にいるのかまではわからないが、自国の艦でない以上、護衛が側にいても当然だろう。
 あるいは、その《護衛》の方が重要なのだろうか。
「……三年も眠っていれば……状況がわからないものだな」
 誰かに話を聞かなければいけないか、とクルーゼは思う。でなければ、いざというときにどのような判断を行えばいいのかわからなくなる。その結果、キラを失うようなことだけはしたくないのだ。
 目の前の相手よりも彼を優先したいのは、きっと、自分のために全てを捨てようとまでしてくれたからかもしれない。
「それについては、そうだな……私の口から説明した方がよいだろうな」
 言葉とともにギルバートはクルーゼを促す。そして、そのまま医務室を後にしようとして、彼は不意に足を止めた。
「あぁ。今、レイをよこす。彼にしても顔見知りの者が側にいた方が良かろう」
 それに、と口の中だけでギルバートは付け加える。何があっても、彼であればキラを守れるだろうとも。
「かまわないね?」
 しかし、それはクルーゼ以外の耳には届かなかったのではないだろうか。そして、彼自身何もなかったかのように医師に向かってこう問いかけている。
「もちろん、かまいません」
 ギルバートの言葉に逆らうなど考えていない、と言うように医師は言い切った。その様子に、クルーゼは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「では、そのように頼む」
 こう言い残すと、ギルバートはそのまま医務室を後にする。クルーゼもまた、その後について移動を開始した。

「……何故、私たちが……」
 先ほど、ザフトの者達が誰かを《保護》してきたのは知っていた。しかし、それでどうして自分たちが呼び出されなければいけないのかわからない……とカガリはぼやく。
「カガリ」
 そんな彼女は、素顔に近い。しかし、この場でそれはまずいのではないか、とアスランは彼女をいさめるようにその名を呼んだ。
「わかっている。だが……」
「……だが、万が一、と言う可能性もあるんだぞ」
 なおも反論しようとしてくる彼女に、アスランは声を潜めてある可能性を示唆する。
「ブルーコスモスがどこに潜んでいるのかわからないんだ。もし、彼が連中に見つかって、それで救援を求めていたとするなら……それでも知らないというのか、君は」
 次の瞬間、カガリの顔がこわばる。
「だけどな、アスラン……」
「可能性がゼロではないのなら、確認するまで切り捨てるな。でなければ、いつまで経っても《キラ》にたどり着けないかもしれないぞ」
 あるいは、彼を失うことになるかもしれない。
 そう考えただけで、アスランは恐怖を感じる。
「……そう、だな……」
 どんな些細な手がかりでも、可能性なあるのであれば入手しなければいけない。カガリもようやくその事実を思い出したようだ。
 あるいは、ここが《オーブ》ではない、と言うことが彼女の思考を硬直させていたかのかもしれない。その原因の一つは、間違いなく《彼》だろう、とアスランは思う。  同時に、先ほど保護された相手が《キラ》につながっていて欲しいとは思うが、本人でなければいいとも考えていた。
 彼の言葉は、間違いなくあの優しい心を傷つけるだろうと。
 はっきり言って、シンの感情は逆恨みに近いのではないだろうか。理不尽な状況で家族を奪われた痛みは理解できる。しかし、それを《キラ》に向けるのは間違っていると思えるのだ。
 あの時の状況で、誰も殺さずに敵を退けられる者など、この世界に存在していない。
 アスランはそう言いきることができた。
 それでも、キラは民間人に死者が出たことを気に病んでいたことも覚えている。
 だから、とアスランは思うのだ。
「……彼が、いてくれる事は……プラスなのか」
 レイがシンを止めてくれるのであれば、あるいは……と思わずにいられない。
 それがどれだけ淡い希望かわかっていてもだ。
 だが、レイもまた、キラを求め、守ろうとしていることだけは信じられる。
「どちらにしても、デュランダル議長のお話をお聞きしてからだ」
 そうしてからどうするかを決めよう。アスランは心の中でそう呟いていた。