いきなり、MSデッキ内が慌ただしくなった。
 その事実に、シンは眉を寄せる。
「一体、何を見つけたんだ、あいつらは……」
 この騒ぎはただごとではない。
 整備の連中や医療班だけであれば、誰かが怪我をしたのか……とも考えられる。だが、何故かこの場に一番ふさわしいとは思えない人物――ギルバートまでがレイ達の帰還を待ちかまえているのだ。
「お前、何か知っているか?」
 ともかく、誰か事情を知っていそうな奴に声をかけるのが一番手っ取り早いだろうか。そう判断をして、シンはヨウランにこう問いかけた。
「いや……詳しいことはわからないんだが……何か、この前の戦争の時に見失ったもんが見つかったらしいって……」
 それで、あの時の事に少しでも関わった連中は騒いでいるらしいのだ、とヨウランは付け加える。
「取り扱い注意らしくてさ。俺たちまでは情報が来ないんだよ」
 脇から声をかけてきたのはヴィーノだ。
「……それは……何なんだよ」
 ますます訳がわからない、と言うようにシンが呟く。
「こうなればさ……あきらめてレイ達が戻ってくるのを待つしかないんじゃないか」
 それが一番早いだろう。
 それがわかっているが……シンは納得できないのだ。
「どうして、俺が待機、だったんだろうな……」
 タリアの指示である以上、受け入れなければならないことはわかっている。だが、レイはともかく、ルナマリアと比べるなら自分の方が……と思ってしまうこともまた事実なのだ。
「あぁ、帰ってきたぞ」
 控え室の窓に張り付いていたヴィーノがこう口にする。
 それを合図にしたかのように、シンとヨウランもMSデッキが見える窓へと移動した。そして、ギルバートもまた静かな体勢で近づいてくる。その事実に気づいて、三人は体を硬くした。
「気にしないでくれていい」
 そんな三人に、ギルバートは柔らかな笑みを向ける。だが、すぐに視線はMSデッキの方へと戻された。
 先に入ってきたのは、ルナマリアの機体だ。
 そして、次に戻ってきたレイのザクが、何かを抱えている。損傷が大きいが、それはMSの胴体部分なのだと判別できた。
「あんな機体、あったっけ?」
 見たことがない、と言うヴィーノに、ヨウランも頷いている。
 だが、シンはあの機体に見覚えがあった。
 そして、二人の言葉も当然だろう。
 あれは正式に発表される前にクライン派のものによって奪取された機体だ。同じ時期に開発されたジャスティスと違ってほとんど資料が残っていないのはそのせいらしい。
 シンが調べたときにはそう書かれてあった。
「……フリーダム……」
 無意識のうちにシンはこう呟いてしまう。
「フリーダム?」
「あの、伝説の英雄のか?」
 その呟きを聞きつけたのか。二人の視線がシンに向けられた。
「英雄、ね」
 確かに、戦争を終わらせるために力を尽くした……という点ではそうなのだろう。だが、自分にとっては家族の敵だ。
 同時に、あれがあったと言うことは、救難信号を出していたのはそのパイロットなのか、と心の中で呟く。
「……まさかな」
 三年も経っているのだ。
 そんなわけはない、とシンは思う。
 しかし、それならどうしてあれがあそこにあったのか。
 そして、パイロットはどこに消えたのか。
 何よりも、救援を求めていた人間は一体誰なのか。
 次々と疑問がわいてくる。
「……エアを充填している? ひょっとして、宇宙服を着ていないのか?」
 助け出された相手は……とヴィーノがいぶかしげに呟く。
「あるいは、使えない状況にあったか、だ」
 使用不能にされて、かろうじてあそこに逃げ込んだのかもしれないぞ、とヨウランがしたり顔で言い返している。
 そのどちらが正しいのか、自分がちにはわからない。
「ルナマリアに聞けば、わかるか」
 おしゃべりな彼女のことだ。問いかければいくらでも教えてくれるだろう。これがもう一人の同僚ではそういかないが、とシンは心の中で、あの滅多に表情を見せない相手の顔を思い浮かべた。
「……出てきたぞ……」
 シグナルがグリーンになったところで二機のハッチが開けられる。
 ルナマリアとともに出てきたのは、二十代半ばと思われる青年だ。遠目でははっきりと言い切れないが、どこかもう一人の同僚に似通った容貌をしているように思える。
 彼は側に寄ってきた医療班の者を手で制止すると、まっすぐにレイの機体へと近づいていく。
 それにタイミングを合わせたかのようにハッチが開いた。そして、レイが誰かの体を抱えて出てくる。
「議長?」
 気が付けば、ギルバートもまたいつの間にか彼等の元へと向かっていた。
 目の前を通っていく彼の表情は今までに見たことがないものだ。そして、それはレイも同じだといえる。
「……誰なんだよ、あれは……」
 どれだけ重要な人物だと言うのか。
 ヴィーノがこう呟く。
「俺に聞くなよ、俺に」
 そんなこと、自分が聞きたい、とヨウランが言葉を返した。だが、彼等にしてもそれを知りたいというのは同じなのだろう。目の前の光景から視線を放すことはない。
 もちろん、シンもだ。
 あの二人はフリーダムのパイロットではないのかもしれない。
 だが、その行方について何か知っているのではないか。そう思えるのだ。
 でなければ、レイがあの残骸を抱えて帰ってくることはないだろう。確かに、あれまで地球軍の手に渡ってはとんでもないことになる、とはわかっていてもだ。
「……俺は……」
 もし、フリーダムのパイロットの行方がわかったらどうするだろう。
 任務を放り出してまでも相手を殺しに行くだろうか。
 その答えを、シンは見つけられなかった。