「ここは……何の施設だったのかしらね」
 ルナマリアが周囲を見回しながらこう問いかけてくる。
 だが、レイにはそれ以上に気になることがあった。
 デッキの付近に放置されていたMSの残骸。頭部も片腕片足も失っているが、その特徴はまだ十分に確認することができる。
 あれは、間違いなく《フリーダム》だ。
 フリーダムは、あの最後の戦いの時に行方不明になった。
 エターナルでその事実を聞かされたレイはもちろん、解放後に事実を知ったギルバートの衝撃はさらに大きかった。
 一体何故、彼が……と必死に慟哭を抑えているギルバートの姿をレイは今までも覚えている。そして、何の感情も表すことなく、ただ涙を流していたアスランの姿も。
 しかし、その後、あの人からのメールが届いた。
 キラが何をしようとしているのか、それがわかったのはギルバートとレイだけだっただろう。
 だから、ギルバートは最高評議会議長の職に就き、自分はザフトに入ったのだ。
 キラが――彼等が戻ってきたとき、何があっても守れるように、と。
 同じようなことをカガリ達も考えていたはず。ただ、オーブの方が一筋縄でいかないだけなのだ。そうなることを、ギルバートが予想していた……と言うべきかもしれない。
「どうやら、こちらだな」
 フリーダムから強引に視線を引き離して周囲を確認したレイは、言葉とともに動き出す。
「レイ!」
 ちゃんと説明しなさいよ! とルナマリアが叫んだ。だが、それに答える余裕は既にレイにはない。
 フリーダムがあるのであれば、ここに彼らがいるはず。
 そして、あの機体の損傷の度合いからいえば十分ここからザフトの基地まで到達することは可能だろうと推測できる。特に、キラの能力であれば。
 それができない、と言うのであれば、どちらかに異常があったのではないかと判断できる。
 そうなのであれば、少しでも早く保護しなければいけないだろう。
「……ギルがミネルバにいることは……不幸中の幸いなのか?」
 もし、遺伝子関係の異常であれば、彼が対処をとれるはず。いざとなれば、本国に彼とともに向かわせればいいだけのことだ。
 そう思いながら、さらに奥に進めば、やがて一つの扉の前にたどり着く。そこの奥からは、間違いなく人の気配が伝わってきた。
「……ここ?」
 すぐにでも踏み込みたい気持ちを抑えて、レイは背中を壁に押し当てる。その意図がわかったのだろう。彼女も同じように背を壁に付けると銃のロックをはずした。
 視線で合図を送ると、ルナマリアはうなずき返す。
 次の瞬間、ドアのロックをはずした。  そのまま銃口を室内に向け、状況を確認する。
「……六十点だな……」
 次の瞬間、二人の耳にこんなセリフが届く。その声に、レイは聞き覚えがあった。
「……レイ?」
 そして、自分たちの目の前にいる相手の顔にも、だ。
 いや、正確に言えば覚えがあるのではない。毎日鏡で見ている自分の顔が、後数年たてばこうなっているのだろう、と言う顔がそこにあったという方が正しいのか。
 その事実に、ルナマリアが信じられないというようにレイと相手の顔の間に視線を往復させている。
 だが、レイはすぐにその衝撃から抜け出した。
「……ギルのところの子か……大きくなったものだ」
 そして、相手も同じだったらしい。
 かすかな苦笑を口元に刻みながらこう告げる。
「と言うことは……予想以上の時間がたってしまったと言うことだな」
 困ったことだ、といいながら、彼は視線を部屋の隅へと向けた。そうすれば、壁にぐったりと寄りかかっている人影が確認できる。
「キラさん!」
 どうしてクルーゼではなく、彼が……とレイは焦りながら床を蹴った。そして、そのまま彼の側まで近づく。
「眠り姫症候群だ。コールドスリープ装置が、彼の体質に合わなかったのだろう。できるだけ早く、治療を受けさせたいのだが……可能かね?」
 せめて、応急措置だけでも……と後を追いかけてきたクルーゼが問いかけてくる。
「大丈夫でしょう。ルナマリア?」
 先に行ってミネルバに連絡を……とレイは彼女に声をかけた。
「医師の手配を頼んでおけばいいのね?」
 おそらく、彼等が誰であるのかと言う疑問はあるのだろう。しかし、それよりもキラの状況が急を要すると判断したのか。彼女は逆らうことなく、再びザクへと戻っていく。
「頼む」
 その背中に声をかけながら、レイは視線をキラから離さない。
 荒い呼吸を繰り返す彼に、レイはかすかに眉を寄せた。
 元から、体格がよい方ではない。だが、久々にあった彼はさらに華奢になったのではないだろうか。それとも、別の理由からなのか。
「……今は、一体何年なのだね?」
 そうっとキラの頬へ指を伸ばしたレイの耳にこんな問いかけが届く。
「C.E.73です」
「そうか……三年近くも、眠っていた訳か、我々は」
 この言葉で、自分が彼の年齢に追いついてしまったことをレイは理解する。
 だから、彼はこんな風にはかなく感じられるのだろうか。そう思いながら、その頬にレイは触れた。
「……あっ……」
 その刺激で意識が戻ったのだろうか。キラがうっすらと瞳を開ける。
 そうすれば、懐かしいすみれ色が確認できた。
 その事実に、レイは思わず微笑みを浮かべる。
「レイ、君?」
 かすれた声がこう問いかけてきた。
「はい、俺です。今……医師がいる場所に連れて行きますから……」
 だから、安心して欲しい、と口にしようとする。
「……フリーダム、壊して……」
 だが、キラの唇から出たのはこんな言葉だった。
「キラさん?」
「……あれは……」
 キラがさらに言葉を重ねようとする。だが、それよりも早く、彼は意識を手放してしまった。
「キラさん!」
 それはどうしてなのか。
 専門家ではないレイにはわからない。それでも、この状況があまり良くないと言うことだけはわかる。
「急いだ方がいいだろう……フリーダムに関しては……持って行くべきだろうな」
 少なくとも、ブルーコスモスの残党には渡せないものだ、とクルーゼが冷静な口調で告げた。
「ただ……彼には辛いかもしれないが……」
 その言葉の裏に何が隠されているのかまではわからない。元は同じ遺伝子から生み出されたものとは言え、自分たちは別の存在なのだ。そして、それでいい、とキラもギルバートも口にしてくれる。
「……わかりました。ともかく……デッキまで移動して頂きます」
 そこでミネルバと連絡を取って、指示を仰ごう。レイはそう口にしながらキラの体を抱き上げた。