「何事?」
 いきなりのざわめきに、ギルバートと話をしていたタリアが問いかける。
「……救援信号です……」
 即座に、ブリッジクルーが言葉を返してきた。
「しかもこれは……三年前まで使われていたザフトのフォーマット……での信号になります」
 その言葉に、ミネルバ内はざわめく。一体、誰がそのようなものを……と思ったのだ。
「こんな時に……」
 だが、それを見捨てることは船乗りとしてできない。どうするべきか、とタリアはギルバートへと視線を向けてくる。
「任務中だが、義務を放棄するわけにはいかないだろうね」
 たとえ、相手が誰であろうともだ。違うかな、とギルバートは彼女に言葉を返す。
「わかりました。発信源を探して!」
 同時に、パイロット達を控えさせておくように……と言いかけてタリアは言葉を飲み込んだ。
「そうね……レイとルナマリアに出撃体勢を命じて。シンには、ミネルバの警護に就かせましょう」
 本来であれば、シンが使うインパルスの方が適任かもしれない。だが、万が一のことを考えれば、ザクよりも機動力に勝るインパルスを艦に待機させておいた方が後々の融通が利くだろう。
 何よりも、パイロット達の性格を考えれば、レイを向かわせた方がいい。
 性格的なことを考えれば、ルナマリアでは不安だが、レイが一緒であれば大丈夫だろう。
 タリアがそう判断したのではないかと、ギルバートは理解をする。そして、自分も同じ判断を下しただろう、とも思う。
「アーサー?」
 しかし、その指示に対する復唱がなかったことをいぶかしがったのか。
 タリアが厳しい口調で副官に呼びかけている。
「申し訳ありません。ただ……レイを残して、他の二名を向かわせた方がよろしいのではないかと……」
「それでは、万が一の時に困るわ。それとも、貴方が行く?」
 現場での指示を出せるものが最低でも一人は必要だろう、とタリアは言外に告げた。それでようやく、まだ年若い副官は彼女の指示の意味を理解できたらしい。
 決して無能ではないのだろう。
 だが、いちいち説明されなければわからないのでは、実戦で困る。
「……前回の戦争の処理で……ザフトの隊長クラスの人材を多数失ったのは……痛かったかな」
 ザラ派である、と明確にわかっているものだけではあったが、それでも過半数以上がザフトを追われた。そして、そうでないという者達もまた、自ら去っていった。
 そのような人材の穴を埋めるために、未経験者でも有能だと思われるものはためらうことなく登用してきた。
 タリアもその中の一人だ。
 しかし、そんな彼女でも経験不足だというのは否めないだろう。
「かといって……彼にザフトに協力してくれ、とはいえないだろうな、今は」
 彼が《アスラン・ザラ》である事は間違いない事実だ、とレイには聞かされていた。だが、彼がどうして《アレックス・ディノ》と名乗っているかもわかっている。だから、無理を強いるわけにも行かないだろう。
 まして、ここには《カガリ・ユラ・アスハ》もいるのだ。
 彼女の身の安全を保証することが、プラント最高評議会議長としてだけではなく、ギルバート・デュランダル個人としても義務だろう。
 彼女もまた、あの人の子供なのだから。
「……お前がいてくれれば、本当に楽だったのにな」
 ラウ……とギルバートは口の中だけで呟く。
「そして、君もだよ」
 もう一人の少年の顔を思い浮かべたその瞬間だ。
「位置、特定できました!」
 報告する声が耳に届く。
「どうやら、廃棄寸前の研究衛星のようです」
 その言葉に、ギルバートは『まさか』と思う。
 だが、そのような偶然があるわけはない。
「……レイであれば、どちらにしても冷静に対処してくれるか……」
 発進を指示するタリアの声を聞きながら、ギルバートはそう呟いていた。

「……クルーゼ、さん?」
 気が付けば、温かい腕に抱かれていた。
 その事実に驚きながらも、キラは思わずこう呼びかける。
「話さなくてもいい。おとなしくしていたまえ」
 体力を消費するようなことはするな、と彼は厳しい口調で言葉を返してきた。
「君の体が、コールドスリープと相性が悪かったのだよ」
 だから、体の機能がおかしくなっているのだ、とクルーゼはキラの体を抱え直す。
 それは、自分が《作られた存在》だからだろうか。
 キラはそんなことを考える。
「それは君だけのことではない。コーディネイターの中にもそのような症例は見られた。だから、余計なことを考えなくてもいい」
 それよりも、確実に呼吸をすることを考えるのだな、と彼は付け加えた。
「救難信号は出してある。おそらく、近くに船がいれば助けがくるだろう」
 三日待ってもだめなようであれば、また別の方法を考えればいい。彼は穏やかな表情で微笑んでみせる。
「……でも……」
 それでは、彼の迷惑になるだけではないか。キラはそう思う。
 自分がいなければ、クルーゼは既に行動を開始できていただろうに、と。こうして彼が医療器の外にいると言うことは、全てのしがらみから彼が解放された、と言うことではないか。
「君が私を生まれ変わらせてくれたのだ。ならば、最後まで責任を取ってもらおうかね」
 どこかからかうような口調でクルーゼは告げる。
 自分が彼と話をしたのは、メンデルでの出会いと、戦闘中。そして、ここに来てからだけだ。だが、その間に彼がこのような口調を見せたことはない。あるいは、これまでの期間で彼の中で何かが変わったのかのだろうか。
 それがよい方向へであればいいのだが、とキラは願う。
 そうすれば、彼等の願いが叶えられた、と言うことだろう、と思うからだ。
「それに、今回だけは私が表に出た方がいいだろう。君の立場は、あまりに微妙すぎる」
 自分であれば、どのようないいわけもできる。いざとなれば、ギルバートに連絡を取ればいいだろう、とも。
「……はい……」
 彼は優しいから、きっと自分たちのために動いてくれるだろう。
 あれから何年たったのかはわからないが、それだけは変わらないのではないか。キラはそう信じていた。そして、クルーゼも同じ思いなのではないだろうか、と思う。
 その時だ。
 二人の耳にささやかな警報音が届く。
「どうやら、予想以上に近い場所に、ザフトの船がいたようだな」
 言葉とともにクルーゼはキラを抱きかかえたまま立ち上がる。
「あの……」
「かまわないから、おとなしくしていてくれたまえ」
 こうして人のぬくもりを感じるのは久しぶりなのだ。そう言われて、キラは動きを止めた。