「まさか、君がザフトに入っていたとは……」 日用品を届けてくれたレイに向かって、アスランは苦笑を浮かべる。 「この方が……あの人を捜すのに都合がいいと考えたので」 そんなアスランに対し、レイはこう言い返してきた。彼が誰のことを言いたいのか、アスランにもわかっている。 「そうか……」 ならば、自分には何も言えない、とアスランは思う。 いや、言えるわけがない。 自分たちも同じ気持ちだったのだ。 「……キラは、本当に生きているのだろうか……」 だからだろう。思わずこんな本音を口にしてしまったのは。 「生きていらっしゃいます。きっと」 それに対しレイが非難するようにこう言ってくる。アスランが信じなくて、誰がキラの生存を信じるのか。彼の蒼い瞳がそう告げている。 「無条件で、信じられればな……せめて、もう一度だけでいいからメールが届いてくれれば……」 後二年ぐらいは信じられるのだ、とアスランは思う。 「……途中で迷子になっているのではありませんか?」 現状であれば、特に……とレイが口にする。最近、また、回線の状況が悪化しているのだ、と。特に宇宙では。 それが誰の仕業か、と言うところまでは特定できないが、今日の光景を見れば想像が付くのではないか。 「一体何故、あの平和で満足できなかったんだろうな」 誰が、とはいわない。 言ったところで、答えが見つかるわけではないのだ。 「引き留めてすまなかった。議長と艦長には、ご厚意に甘えると。そう伝えてくれ。カガリが落ち着いて、議長にお時間があるようであれば、今後のことを話し合いたい、とも」 そして、本来の任務を持っているレイを、これ以上引き留めるわけにもいかないだろう。こう判断をして、アスランはこう告げる。 「わかりました。何かあればまた、声をかけてください」 レイもまた、こう言ってきびすを返す。 その後ろ姿を見送りながら、アスランはふっと違和感を覚えた。 昔から確かに口数が多くはない少年だった。 しかし、こんな風に他人を拒絶するような雰囲気を身にまとっていただろうか、彼は。少なくとも《キラ》の側にいたときの彼は違ったような気がする。 「……キラがいたから、か?」 そう言えば、彼が無条件で慕っていたのか《キラ》だけだった。 「結局、俺たちを結びつけていたのはお前の存在だったんだな……」 キラ、とアスランは呼びかける。 だが、それに答えてくれる相手は、この場にはいなかった。 ゆっくりと意識が浮上する。 同時に感じたのは、かすかな風のながれ。 「……わたし、は……」 一体どうしたのだったろうか、と口にしようとした。しかし、その言葉はうまく声にならない。 なんと言えばいいのだろうか。 意識と肉体の間を何かが邪魔をしているような感覚、とでも言うのだろうか。そのような違和感があるのだ。 それでも、反応が鈍いとはいえ何とか思うとおりに体は動く。 この事実にどこか安堵しながら、ゆっくりと室内を見回した。 「あぁ……そう、だったな」 あの日、自分はここであの少年の誘いに乗ったのだった。それが成功しても失敗してもかまわない。ただ、自分のために《彼》――いや、彼に思いを託したかの人――の思いが嬉しいと思えたのだから、とクルーゼは心の中で呟く。 もし、コンピューターが予定通りの結果に終わらない、と判断したときは意識を取り戻すことなく眠ったまま死へと導いて欲しい。 それが自分の出した唯一の条件だったのだ。 そして、今こうして意識を取り戻したというのであれば、予定通り治療が完了したのだろう。 「……彼、は?」 そうであるのであれば、キラもまた目覚めていなければならないはず。 彼が使った《コールドスリープ装置》はクルーゼの治療用コンピューターと連動している。だから、どちらにしろ彼の治療が終了したとコンピューターが判断したところでコールドスリープ装置も彼を覚醒へと導くはずだった。だから、この場にあの少年の姿がなければいけないのに、クルーゼの視界に入ってこない。 「何か、あったのか?」 そうなのであれば、何とかするべきだろう。 そう思いながら、クルーゼは目の前のガラスに手を当てる。そうすれば、それはすぐに開いた。 慎重な足取りで医療システムから外へと足を踏み出す。素足に伝わってくる冷たい感触が、自分がまだ生きているのだと改めて認識させてくれる。 まさか、それが喜ばしいと思える日が来るとは思わなかった。 こんな事を考えながらさらに一歩踏み出そうとする。だが、体を支えるものがなくなったところで、大きく体勢を崩してしまう。 「ちぃっ」 まさかここまで体が鈍っているとは思わなかった。 忌々しさを感じながら、クルーゼは何とか体勢を立て直す。そして、何とか部屋の中央まで進む。 「……さて、キラ君は……どこかね」 先ほどは見えなかった場所まで視線が届く。これならば……と思いつつ、クルーゼは再びキラの姿を探して視線をさまよわせた。そうすれば、部屋の隅でぐったりとしている人影に気づく。 ここにいるのは自分の他にはもう一人だけ。 一体何があったのだろうか……と思いつつ、クルーゼはそちらへと足を進める。しかし、ゆっくりとしか進めない現状にもどかしさを感じてしまった。 十メートルほどを歩くのに一体どれだけの時間がかかったのだろうか。 だが、そのおかげで次第に体と意識の間にあった違和感がかなり薄れた。その事実にクルーゼは内心ほっとする。 その思いのまま、キラの姿を確認した。 彼の薄い胸がかすかに上下している。と言うことは命だけはあると言うことか。 「キラ・ヤマト……どうした?」 では、一体何が……と思いながら、そうっと彼の頬に手を触れる。次の瞬間、キラのまぶたがゆっくりと持ち上げられる。 「……良かった……目が覚めたのですね……」 すみれ色の瞳がクルーゼの姿を確認した瞬間、キラの唇がうっすらと笑みを形取った。だが、その唇の色は、尋常ではない。 そして、それと同じものを知識としてクルーゼは知っていた。 「……眠り姫症候群か……」 ならば、すぐに治療を行えば後遺症も残らずに元通りの生活に戻れるだろう。だが、このまま放置しておけば、重大な疾患が残る可能性もある。 「……助けを呼ばずばなるまい」 問題は、一体誰が来るか、だ。 最悪の事態も考えておかなければならないだろう。だが、それよりもキラのことを優先しなければならない。 そう判断をして、クルーゼは行動を開始した。 |