このメールが、無事に届くのかどうかわかりません。
 ここの通信システムは脆弱すぎて、直接、送ることができないから。
 でも、きっと君たちの手に届くと信じて送信します。
 僕にはまだ、しなければならないことがあります。
 そして、そのための第一歩を、さっき、踏み出したところです。
 それが成功するかどうか、僕にもわからない。
 でも、その結果が出るまで、僕は責任を持って見届けなければいけません。それが、僕をこの世界に生み出してくれた人の願いだから。
 だから、一時的に、みんなの前から姿を消すことを許してください。
 いつかきっと……なすべき事を終えたらみんなのところに戻ります。
 その時までには、きっと、この平和が確固としたものになると信じています。

キラ・ヤマト






 キラが生きている、と知ったのは、あの戦いが終わってから半年も経ってからのことだ。
 一体、どのような経路でこのメールが自分たちの手元に届いたのか、アスランですら調べることができなかった。
 それでも、彼が連絡をしてくれたことが嬉しかった。
 キラが何をしようとしているのはわからない。
 それでも、自分も側にいて、その手助けをしたい。アスランはそう考えた。
 いや、そう考えたのはアスランだけではなかった。
 カガリもラクスも……そして、レイも同じ事を考えていたらしい。あるいはギルバートもそうだったのではないだろうか。
 だが、カガリとギルバートは、それぞれの国を立て直すのに手一杯で。
 アスランとラクスは、あの後の決定により、何の力も持てなくなってしまって。
 結局、誰もキラの元へたどり着くことができなかった。
 それでも、自分たちにもできることがある……と言ったのはラクスだったろうか。それとも、ギルバートだったか。
 しかし、自分を説得したのは間違いなくラクスだった。
「キラが、戻ってくるとおっしゃったのですもの。ならば、私たちがそんなキラが戻ってきたとき、居心地がいい環境を作ってお待ちするしかないのではありませんか?」
 確かに、戦争は終わった。
 だが、二つの種族の間の溝が埋まったわけではない。
 それを何とかするのが自分たちの役目ではないか。
 ラクスのこの言葉は、アスラン以上にカガリに衝撃を与えたらしい。彼女は悔しそうに唇をかんでいる。
「私は……」
 無力だ……とカガリが呟く声が耳に届く。
「カガリさん」
「確かに、今の私はオーブの代表だ……だが、それは私が《アスハ》の名前を持っているから、と言うだけなんだぞ。代表首長には、五氏族の首長しかなれないからな。既に三家はなく、残るサハクは首長が《コーディネイター》だから、と言うだけで代表になれない……」
 本当であれば、年齢的にも実力的にも、あちらの方がふさわしいのだ、とカガリは付け加えた。
「なら、ふさわしいと思えるよう、努力するしかないんじゃないのか? キラが戻ってくるのは……間違いなくオーブだろうし……」
 それ以外に、キラが《両親》とともに暮らせる場所は、今のところないのだ。
 今の状況がそれとはほど遠いというのであれば少しでも近づけるように努力をするしかないだろう。アスランはカガリに向かってこう告げた。
「それは……わかっている……」
 だが、と彼女はため息をつく。
「キサカ達も、遠ざけられてしまっている……あくまでも連中が欲しいのは《傀儡》と言うことなんだろうな」
 終戦に導いた英雄の一人。
 そして、ただ一人のナチュラル。
 そんな立場の自分をお飾りとしておきたいのだ、と言うことをカガリは理解していたらしい。そんな彼女の洞察力を含めた政治への才能は、導くものがいればのびるはずなのに、とはアスランも思う。
 何よりも、彼女は《キラ》の姉なのだ。
「心配するな……俺も、手伝う……」
 プラントにいても、自分は何の役にもたたないだろう。いや、パトリック・ザラの息子として行動を制限されるかもしれない。その可能性はゼロではないのだ。
 だが、オーブで影ながらカガリを支える程度であれば今の自分でもできるだろう。
 アスランはそう判断をした。
「アスラン……だが……」
 しかし、カガリはそんなアスランの言葉に反対をしようとする。
 彼の才能を、埋もれさせていいものか……と考えたらしい。
「それがよろしいでしょうね……私も、マルキオ様の元へ身を寄せる予定ですもの」
 だが、ラクスまでこんなセリフを口にしている。
 その事実にはカガリだけではなく、アスランも驚きを隠せなかった。
「……ラクス……」
「俺はともかく、何故君まで……」
 二人ともその言葉が信じられないというようにそれぞれが彼女に疑問を投げかける。
「私は、目立ちすぎてしまいましたの。デュランダル様達も、その方がよろしいだろうと」
 でなければ、どこから弾が飛んでくるのかわからないのだ、と彼女は悲しげに微笑む。
 つまりは、プラントも安全ではないと言うことなのか。
 あるいは、表だって動いていないものの、自分たちの行動を苦々しく思っていたものがいた、と言うことか。
 だが、自分たちだからこそ、この程度ですんでいるのかもしれない。アスランはそう思う。
 自分もラクスも、そしてカガリも、ある意味その家系故に人々に知られているのだ。
 だが、キラは……
 表向きは普通の家の子供であるものの、その実、複雑な立場だったキラ。
 彼であれば……と考えるものがいないとは限らないだろう。
「……キラのためにも、せめて、オーブだけは……」
 アスランの呟きに、二人とも頷いてみせる。
 そして、彼等に協力してくれるものは多くいた。
 そんな彼等の力を借りても、この平和を確固としたものにすることは不可能だった。
 どんな些細な火種でも、大きな爆発へとつながりかねない。
 それでも、何とかキラが帰ってくるまではこの平和を保っていたい。
 アスラン達のこの願いが、危ない綱渡りを続けさせていた。

 そして、三年の年月が流れた。
 カガリと《アレックス・ディノ》と名前を変えたアスランは、地球連合から突きつけられた理不尽な条件を何とかするために、プラントへと足を運んでいた。
 そこで繰り広げられた光景。
 それは、三年前、ヘリオポリスを襲った光景と酷似しすぎていた。ただ違ったのは、それを行ったのが《ザフト》ではないと言うことだけだろう。

 周囲に漂う硝煙が、平和の終焉を告げていた。