自分は死んだのだ、と思っていた。
 そして、そうなるべく、動いてきたのだと。
 ただ、心残りがあるとすれば、世界の終わりをこの目で見られなかったことだろうか。
 それとも、彼の姿をもう一度見ることがかなわなかったことか。
 どちらにしても、些細なことだ。
 自分は……と心の中で呟く。そのまま、意識を再び闇の中に沈めようとしたときだ。
「気がつかれましたね」
 聞き覚えのある声がクルーゼの意識を刺激する。
 無理矢理まぶたをあげれば、視界の中に懐かしさと切なさを生み出す色彩が飛び込んできた。それは、自分が誰よりも慕っていながらも、この手で死に追いやったとしか思えない女性と同じものだ。
 そして、それと同じ色彩を持った少年と、自分は先ほどまで死闘を繰り広げてきたのではないか。
 自分自身のエゴで、思い切りその心までも傷つけたはず。
「……キラ・ヤマト……」
 それなのに、どうして彼は自分が声をかけたことでほっとしたような表情を作るのだろうか。
「どうやら、意識の方もはっきりとしていらっしゃいますね」
 そして、こう言って微笑む。
「君は……」
 どうして、彼は微笑むことができるのだろうか。
 クルーゼは目の前の少年の表情が信じられない。。同時に、それは《かの人》の微笑みによく似ていて、思わず抱きしめたくなってしまう――自分が守れなかったその人の代わりに――
「……私を助けて、どうするつもりなのかね?」
 その代わりというように、クルーゼはこう問いかけた。できるだけ冷たい口調を作ってこう問いかけた。
「どのみち、そう長くない命だというのに」
 それこそが、自分の真の願いだったのかもしれない、とクルーゼは心の中で呟く。
 ただ消え去るのは悔しいから、あんな事をしたのか……と問いかけられても仕方がないことをしていた、と言う自覚もある。だが、自分も彼女もいない世界など、存在していいと思わなかったことも事実なのだ。
「……もし、普通の、とまでは言わなくても、もっと生きられるとしたら、どうしますか?」
 しかし、キラの口から出たのは、一度も考えたことがない疑問。
 ただ、誰かがそう言ってくれないかと心の底で願っていたこともまた事実なのだ、と今わかった。
「何の冗談だね?」
 それでも、期待してはいけない。
 あの日々の中、かの人は必死にその方法を探してくれていたのに見つからなかった。そして、あの男も同じだった。
 それを、いくら最高の頭脳を持つように作られたからとはいえ、何の知識も持たなかった存在が、この短期間で見つけ出すなんて不可能だと言っていいだろう。
「……母と、ある人が、その方法を探していたんです……」
 そこから発展させたのだ、とキラは口にする。
「ただ、確実とまでは言えません。失敗するかもしれない……それでも、可能性はあると……」
 その可能性にかける気はあるのか、とキラはクルーゼに問いかけて来た。
「……キラ・ヤマト?」
 わらにすがるようなものかもしれないが、可能性は《ゼロ》ではないのだ、と彼はさらに言葉を重ねる。
「ここの施設であれば、その可能性を試すことができます……」
 そのために、自分もできる限りの知識を得たのだ、と彼は言外に告げてきた。もっとも、クルーゼが望まなければ意味はないものではあるのだろう。
 いくら、二ヶ月近くの時間があったとはいえ、それはかなり無理をした結果ではないのだろうか。まして、目の前の少年は――望んでそうなったとは言えない状況だったのだろうが――MSのパイロットだ。
 それなりの拘束時間があったはずだ、と言うことは、同じパイロットであるクルーゼにもわかる。
「……アスラン・ザラが言っていたよ。君はお人好しだ、と……それは間違いではなかったようだな」
 それも、自分の《敵》と言えるような存在に対してまで、と考えれば自分の行動がばかばかしくなってしまう。
「だが……時間がかかるのではないか?」
 どうやら、ここは忘れられた施設らしい。
 自分のことを行うには良いかもしれない。だが、目の前の少年に関してはどうなのだろうか、と考えるのだ。
「ある程度はオートでできるでしょう……その間、僕は眠っています。貴方が無事に治療を終えるまで」
 そのために使用するコールドスリープ装置も発見した……と目の前の少年は口にする。
 キラのこの言葉に、彼は微苦笑を浮かべた。
「君は本当に……ヴィアによく似ている」
 オートでできるのであれば、放っておけばいいだろうに……それをせずに、自分もここに残るというのか。
 そんな性格の持ち主だからこそ、ナチュラルとコーディネイターの区別なく、彼の周りには人が集まったのだろう。
 ラクス・クラインは、その外見からは信じられないほど強い意志の持ち主だ。しかし、彼女がコーディネイターである以上、ナチュラルが無条件で信じられるわけはない。
 ウズミ・ナラ・アスハの娘であるカガリ・ユラであれば、ナチュラル達の中心にはなれるだろう。だが、彼女ではコーディネイター達が認めるかどうか。
 そう考えれば、どうしても、二つの種族を結ぶ存在が必要になると言う結論に達するだろう。
 はっきり言って、不可能としか思えない条件を備えた存在。
 それが目の前の少年だった、と言うのであれば納得できる。
「だが、もし、君が目覚める前に私の治療が終わり、眠ったままの君を殺す……とは考えないのかね?」
 しかし、だからといって無条件で信用する気になれないのは、自分の人生の中で裏切られることが普通だったからだろうか。
「貴方がそうなさりたいのであれば、どうぞ。それで、貴方が全ての恨みを捨てられるというのであれば」
 自分の命なんてどうでもいい。
 キラはためらうことなくこう告げた。
「僕は……生まれる前から、罪を負っている存在です……それに、戦いを終わらせるためにとはいえ、たくさんの人の命を奪ってしまった……」
 だから、誰かが自分を殺そうと思ったとしても仕方はない、とキラは口にする。
「……本当に君は……」
 優しすぎる、とクルーゼはため息をつく。
「まぁいい……そこまで言うのであれば、信用しよう」
 それが、ヴィアとギルバートの願いでもあるのだろう。
 そうだというのであれば……とクルーゼは微笑む。
「で、まずは何をすればいいのかな?」
 この言葉に、キラはためらうことなく指示を出す。
 その姿を見つめながら、自分はこの少年の努力にどうやって報いればいいのだろうか、とふとそんなことを考えてしまう。
 だが、全てはこれからのことが成功してからだ。
 そう思いながら、クルーゼはパイロットスーツに手をかけた。