地球軍が今までなりを潜めていたのは、N・ジャマーキャンセラーを製造するためだった。 それをキラ達が知ったのは、ポアズが核で攻撃をされた後だった。 「……地球軍の次のねらいは……」 「間違いなく、プラント本国、だろうね」 バルトフェルドのこの言葉を耳にした瞬間、アスラン達の脳裏に浮かんだのは、ユニウスセブンが崩壊していく光景だった。 ある意味、この戦争の始まりとなった光景。 これを止めるために、自分たちは動いてきたのに……とアスランですら思う。だが、今更時間を巻き戻すことはできないのだ。 『……私たちは、間に合わなかったのかもしれません……』 ラクスが、悔しげに言葉をつづっている。 考えてみれば、一番悔しいのは彼女なのかもしれない、とアスランは思い当たる。そして、今の光景を悲しく思っているのは、間違いなく《キラ》だろう。 『平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた悪しき選択なのかもしれません』 この言葉を聞きながら、アスランは視線をフリーダムへと向ける。そのコクピットの中にいる彼の表情は、どうやっても見ることができない。それが今はとても口惜しい。 『でもどうか、今……この果てのない戦いの連鎖を断ち切る力を!』 ラクスのこの言葉を、彼はどんな気持ちで耳にしているのだろう。 せめて、声だけでもかけてやりたい。 だが、そんな私情でキラに声をかけるのはためらわれる。これが、二人だけの会話ならいくらでもかまわないのだが、現状ではそうでもないのだ。 「……キラ……気をつけて」 それでも、何とかこの言葉だけを投げかける。 『それは、僕のセリフだよ』 即座に苦笑混じりの声が返ってきた。 『僕よりも、アスランの方が大変なんだから』 立場的に、と告げるキラの声には、アスランに対する気遣いが感じられる。 「俺は……お前の側で、一緒に戦うことを選んだんだ。だから、気にしなくていい」 父よりも、キラを選んだという事実に後悔はない。 それでもキラは、ただ一人の《肉親》である《父》に対する、自分の複雑な感情を読み取っていてくれるのだろうか。それは、自分たちが恋人同士だからなのだとすれば、嬉しいとも思う。 『アスラン』 「それよりも、この戦いを生き抜くことを考えよう。その後で、いろいろと話したいこともある」 だから、とアスランはキラに呼びかける。 『そうだね……この戦いが終わったら……』 キラが何かを口にしようとしたときだ。 『地球軍の艦隊からMAの発進を確認!』 CICからのセリフが割り込んでくる。 『アスラン……あれを、もう二度とプラントに落としちゃだめなんだ……』 そして、キラのこの言葉も。 「わかっている」 あの日のようなことはもう繰り返してはいけない。そして、自分たちのようなことも。アスランは心の中でこう呟くと、スロットルを握る指に力をこめる。 だが、今、自分はあの悲劇を繰り返させないための力を得た。 そして、自分の隣には志を同じくしてくれる《キラ》の存在がある。そして、多くの仲間達の存在も。 だから、大丈夫だ。 アスランは自分にこう言い聞かせる。 「行こう、キラ!」 そして、こう呼びかければ、 『うん。行こう……守るために』 キラも即座に言葉を返してきた。 だからきっと、全てが終わったときにも、自分の隣には彼の姿があるものだ、とアスランは思っていた。 しかし…… 「キラが……」 戻ってきていないのだ、とラクスが告げる。 もちろん、戻ってきていないのは彼だけではない。他にも多くの者達の命が失われたのだ。 だが、アスランにとって重要だったのは《キラ》の存在だけだったのに。 もう彼を失いたくなかったからこそ、自分は戦ってきたのだ。 確かに、戦場で何があってもおかしくはない。 でも、どうして《キラ》でなければいけないのか。 「……嘘、だ……」 彼がいなくなったなんて、きっと何かの間違いだ。アスランはそう口にする。 「フリーダムが故障したから……戻ってこられないだけだ……」 だから、探しに行かないと、とアスランはきびすを返そうとした。 「フリーダムの識別信号自体が、確認できないのです、アスラン……」 そんな彼の耳に、泣き出しそうになる自分を必死に抑えているらしいラクスの声が届く。 「そして、私たちは……本国へ向かわなければならないのです……」 キラを探しに行きたくても不可能なのだ、と彼女は付け加えた。 「ラクス!」 「……私たちがしたことは間違っておりません。ですが、プラント――ザフトに弓を引いた、と言うこともまた事実。その責任は取らなくてはならないのです」 ラクスの言う言葉はもっともな物だろう。 だが、それを受け入れられるか……というとまた別問題なのだ。 「ですが……」 ならば、たとえ追われる立場になったとしても、自分は……とアスランは口にしようとする。 「それに……あちらにはデュランダル様がいらっしゃいます……あるいは、キラを探すための助力をいただけるかもしれません」 自分たちだけでは無理なのだ。 そして、キラの立場を確固とするためにも本国へ行かなければいけない。それが《指導者》としてのラクスが下した結論だった。 そして『キラのため』と言われては、アスランに逆らえるはずもない。 「……俺は……」 今にも爆発しそうになる感情を、アスランは必死に抑えようとしていた。 そんな彼の肩にラクスとバルトフェルドの手がそうっと触れてくる。 だが、それがキラのぬくもりでないという事実だけしか、アスランは感じなかった。 |