ラクスの部屋にいたのは、彼女だけではない。何故かカガリとアスランも一緒にいた。
 それだけなら、ただの偶然かもしれない、とキラは思う。
 しかし、それも彼女たちのセリフを耳にするまでのことだった。
「……もう一回、言ってくれる?」
 自分が耳にしたセリフが信じられなくて、キラは思わずこう聞き返してしまった。
「ですから、明日は何があっても出撃をしなくてもかまいません。アスラン達が責任を持ってくださるそうですわ」
 だから、そう言う問題ではないのではないか、とキラは頭を抱えたくなる。
「ラクス……僕は、みんなが戦っているときに自分だけ何もしていないのは嫌なんだ」
 目の前で、誰かの命が失われるのはもちろん、傷つくのも、とキラは言い返す。
「でも、それでは、皆様、守られるだけの存在になってしまわれますわ」
 キラが動くから、皆の技量が向上しないのだ……と彼女は言い切る。それでは、本格的な戦闘になったとき、自分で自分の身を守ることすら難しいだろう、と。
「ラクス……」
 確かに、彼女の言うことももっともなのかもしれない。
 だが、それとこれとは別問題なのではないだろうか……とキラは心の中で呟く。
「それに、今、クサナギ・アークエンジェル・エターナルの探知できる範囲内には敵艦はもちろん、MS及びMAは確認できない」
 カガリがどこか引きつったかのような口調でこう言ってくる。
「だから、お前らが何をしようと……大丈夫だろう、と思う」
 その表情を盗み見れば、思い切り苦虫をかみつぶしていた。
「カガリ……」
 そんなにいやなら――というか、彼女もアスランを好きなのだろうか――賛成なんてしなければいいのに、とキラは心の中で呟く。それを口に出さないのは、火に油を注ぎたくなかっただけだ。
「……で、アスラン?」
 しかし、このまま黙って流されるのはもっといやだ、とキラは思う。結局、その怒りの矛先は彼に向けるしかない。
「……あきらめろ、キラ。この二人に何を言っても無駄だ」
 そんなキラに、アスランが疲れ切ったような表情を向けてきた。と言うことは、それなりに努力をした、のだろうか。
 自分よりも弁が立つ彼でも、彼女たちにはかなわなかったのであれば、世界が逆さまになったとしても説得することが無理か。キラはそう思う。それでも、こんな事を他人に言われるなんて……と思わないわけでもないのだ。
「だけどね、アスラン。僕としては、二人の問題に他人から口を挟まれるなんていやなんだけど」
 さすがに恥ずかしいから、とキラはアスランをにらみつける。
「それは、俺だって同じだ」
 キラよりも、面と向かってあれこれ言われた自分の方がショックが大きかった、とアスランは言い返してきた。
「本当に?」
 実際のところは、渡りに船と思っていたのではないか、とキラは思う。
「……キラが、その気になってくれるまで待つ、って言っただろう?」
 そんなキラに向かって、アスランは苦笑を帰してきた。だから、どんなにキラにそう言う意味で触れたかったとしても我慢してきたのだ、とアスランは付け加えた。
「違うか?」
 確かに、言われてみればそうなのだが……とキラは思う。
 それでも、こんな状況に陥る羽目になった一端は、彼にあると考えてしまうのだ。
「俺が、キラが好きなのは変えようがない事実だし、誰にはばかるつもりもないしな」
 たとえ相手が、キラの《姉弟》かもしれない《カガリ》相手でもだ、とアスランは口にしながら、そっと自分の方へキラの体を引き寄せた。
「アスラン!」
 さすがに、二人の前でこれは……とキラは慌ててその腕の中から逃げ出そうとする。
 しかし、そんなキラの動きを巧みに利用して、アスランはさらにきつく彼の体を抱きしめた。
「アスラン、離してってば!」
「……俺としては、他の人にもこうして知らせたいんだけどな」
 耳元で、アスランの笑い声が響く。
「……ともかく、今のキラは……見ていて不安になるほど不安定に思えますの。まだ、プラント本国でお世話をさせて頂いた頃の方がしっかりとしていらっしゃいましたわ」
 それに被さるようにして、ラクスの言葉が耳に届いた。
「見ていて、こっちが心配になるんだ……そのために必要だって言うなら、アスランとのことだって我慢してやる」
 本当は、アスランなんかにキラを渡したくないんだけどな、とカガリが呟く。
「カガリは……アスランが好きだったんじゃなかったの?」
 このセリフに、キラは思わずこう問いかけてしまう。
「誰が、誰を、だって?」
 次の瞬間、カガリが思いきり嫌そうな表情を作ってこう言い返してくる。
「カガリが、アスランを……」
 仲がよく見えたから、とキラは言い返した。
「……仲がいいわけじゃない!」
 ため息とともにアスランは言葉を口にする。
「キラの話題で盛り上がっていただけだ! でなければ、誰がそんな甲斐性なしに話しかけるか!」
 第一、そいつがキラにベタ惚れなのはよくわかっている! と彼女は叫んだ。
「……誰かに心を捧げている相手に恋をするほど、私は暇人じゃない!」
 それはかなり違うのではないだろうか。
 キラは思わずそう思う。
「アスランと結ばれることで、キラに確固としたものが生まれるのであれば……いくらでも妥協しますわ」
 そんなカガリをなだめるかのように、ラクスが彼女の肩に手を置くのがわかった。
「私たちの願いは、キラが幸せでいてくれることですもの」
 そのまま、ラクスは柔らかな笑みを向けてくる。
 その気持ちは嬉しい、とキラは思う。
 だからこそ、そんな彼女たちには知られたくない《事実》と言うこともあるのだ。
「そう言うことだから、さっさと覚悟を決めろ! でないと、何故か、私がみんなにあれこれ文句を言われるんだ!」
 まるで、自分が邪魔をしているように思われているんだ、とカガリが口にする。
「……そう見えることを、あれこれしているからだろう」
 キラの体をさらにきつく抱きしめながら、アスランはこう告げる。それに関してよりもキラにはみんながカガリに文句を言っている、と言うことの方が気にかかった。
「……みんな、知っているの?」
 嘘だろう、とキラは思わずアスランを見上げてしまう。必死に隠そうとしていたというのに、と。
「あきらめろ、キラ」
 アスランの嬉しそうなこの言葉が、妙にしゃくに障ったのは間違いなく事実だった。