モニターの表示を見て、キラは一瞬目を丸くする。
 レイが見つけた施設は、一つではなかったのだ。これだけの数を探し出すために、彼はどれだけの努力をしたのだろうか。だが、これがあれば何とかなりそうだというのもまた事実。
「……もし、これらがちゃんと機能しているなら……使えると思うよ」
 キラは微笑みとともにこう告げる。
「本当ですか?」
「うん。必要な装置はあるし……おそらく、その間、誰にも知られることなく治療ができる、と思う」
 もっとも、相手がおとなしく受け入れてくれれば……の話だろう。そして、自分がこの戦争の最後まで生き残ることができれば、ともキラは心の中で付け加える。
「なら……後は、戦争を終わらせるだけ、ですね」
 それが一番難しいことはわかっているが、とレイは呟くように口にした。
「そうだね。一番難しいことが……一番大切なんだ」
 キラはため息とともに言葉をはき出す。
「そして、それが一番たわいのないことだったり、するんだろうね」
 大切な人と穏やかな場所で平和に暮らしたい。
 それが、誰でも心の中に抱いている気持ちなのではないだろうか。
 きっと、ザフトの兵士も地球軍の兵士も――あるいはブルーコスモスの者ですらも――同じ気持ちを抱いているだろう。
 しかし、それでも相手の存在を認められないから、こうして戦争が続いているのだ。
 お互いへの気持ちを、少し変えるだけで皆が望んでいる平和な暮らしが手に入れられるのに。
「キラさん……」
 自分の内へと思考を巡らせていたキラを心配したのか。レイがそっとキラの名を呼ぶ。それに視線を向ければ、ほっとしたような表情を彼は作った。
「大丈夫です……マルキオ様や、ギルのように……あきらめずに人々に語りかけている者もいますし……彼等の言葉に耳を貸してくれる方もいます」
 だから、きっと大丈夫だろう。
 レイの言葉に、キラはふわりと微笑んだ。
「信じることから始めないと、何もできないんだよね」
 そして、自分に言い聞かせるように言葉を口にする。
「でも、信じるだけでは……前に進めません」
「……動かなければ、何事も変わらない。それも、わかっているよ」
 変わっていかなければいけないことも。だが、どれを優先すべきなのか、と言うことが問題なのだとキラは心の中で呟く。
 一番の望みは、あるいは望んではいけないことなのかもしれないし……とも。
「でも、信じているしかできないこともあるんだよね」
 ギルバート達をはじめとした者達の無事も含めて……とキラは心の中で呟く。
 キラは最高のコーディネイターなのだ、とクルーゼは告げた。
 だが、そんな自分に何ができるのか、と言われると何もできないのではないか、と言い返すしかない。守りたいと考えていた人々すら守れなかった人間のどこが《最高のコーディネイター》なのか、と。
 結局、どんな人間にも許容範囲がある。
 それが大きいか小さいかの違いだけなのに、とキラは思う。
「それしかできないのは……本当に悔しいけど」
 でも、最後には自分自身すらも憎んでいるあの人に、自分たちの声が届いてくれればいい。
 キラは心の底からそう信じたい、と思っていた。
 それがどれだけ難しいことでも、だ。
「……俺は、キラさん以上に、何もできません……」
 レイが悔しそうに唇をかむ。
「君は、いてくれるだけでいいんだ。少なくとも、君がいてくれることで信じられることもあるからね」
 彼もあるいは、レイのように生きられるのかもしれない、と。
「だから、君は君にできることをすこしずつ増やしていけばいいと思うよ」
 ふわりと微笑んだキラを、レイはどこかまぶしげな瞳で見上げてきた。
 二人の耳に、端末の呼び出し音が響いたのはその直後だった。
 慌てたようにレイは端末へと飛びつく。
 何気なく視線を向ければ、モニターに映っているラクスの姿を確認できた。
「キラさんですか?」
 レイが首をかしげながら言葉を返している。
「確かに、ここにいらっしゃいますけど……はい。では、代わります」
 言葉とともに、レイはキラを振り向いた。
 そんな彼に、キラは小さく頷き返してみせる。そして軽く床を蹴ると、その隣まで移動をした。
「どうしたの、ラクス?」
 急用、と問いかければ、彼女は鮮やかな笑みを浮かべた。
『久々に、キラとお話をしたくなりましたの。おつきあい頂けます?』
 可愛らしいといえる仕草でキラを見上げながらこう問いかけてきた。
「俺の方の用事は、先ほどで終わりましたけど……」
 それでも、どこか離れがたいと蒼い瞳が告げているような気がするのは、キラの錯覚だろうか。
「今でなければだめかな?」
 こう問いかけながらも、自分たちよりも忙しい彼女が早々割ける時間を持っていないだろう、と言うこともわかっていた。
「……俺の方は、また、後で、でもかまいません」
 どうしようか……と悩んだキラの耳に、レイのこんなセリフが届く。それが、キラのことを気遣ってくれてのセリフだろう、ということはわかる。だが、本当にいいのだろうか、とも思うのだ。
「レイ君?」
「明日、また時間をいただけるのでしたら……もう少し調べておきますので」
 だから、今はラクスの元へといって欲しい、と彼は告げる。
「……君がそう言うのであれば、僕はかまわないよ」
『では、五分後に私の部屋で。お待ちしておりますわ』
 キラの言葉にレイが答えを返すよりも早く、ラクスはこう言い切った。そのまま通信を終わらせる。
「……ラクス?」
 ちょっと、と止める間もあればこそだ。
「まったく……」
 ため息を漏らすと、キラはレイへと視線を向ける。
「レイ君といるのは、落ち着けるから好きなんだけどね」
 彼には隠さなければいけない秘密はないから……とキラは心の中で呟いた。だから、気づかれないようにと考える必要はないのだから、と。
「俺も、キラさんといる時間は、好きです」
 レイもまたこう言って微笑んでくれる。
「明日は、何か飲むものと、つまめる物を用意しておきます」
 この言葉にキラは頷く。そして、小さなため息を漏らすと移動を開始した。