アスランだけ、二人に呼び出された……という事実を、キラが不審に思っているらしい。しかし、さすがにあの二人の行動を彼に知られるわけにはいかないだろう、とレイも思う。
「キラさん」
 だから、彼の意識をそらそうと話題を振ることにした。
「……ちょっと、見て頂けますか? 使えそうな施設をリストアップしてみたのですが」
 あの一件で……といえばキラは目を丸くする。
「レイ君?」
「俺の部屋まで……おつきあい頂けますか?」
 真意を測りかねているのだろうか。それとも、別の理由からなのかまではわからない。だが、レイの言葉に、キラはしっかりと頷いてみせる。
「……ありがとう」
 そして、こう告げた。
「キラさん?」
 どうして、彼はここで礼を言うのだろうか。そう思ってしまう。
「まだ、見ていないのに……使い物にならないかもしれませんよ?」
「でも……君が時間を割いてくれたのは本当だろう?」
 だから、それに関してのお礼だよ。キラはそう言って微笑んだ。
「だって……当然のことですから」
 キラがアスラン達との時間を削ってまで行っていることは、もう一人の《自分》のためなのだし、とレイは心の中で呟く。最初に生まれた彼が《不良品》だったから、こんな事になったのだ。それを何とかしようとしてくれる人々の願いを受けて、キラは努力を重ねている。
 なら、自分がそれを手助けしなくてどうするのか。
 そして、ギルバートもそれを期待して、自分をこのエターナルに乗せたに決まっている。もちろん、自分の身を気遣ってくれたのだ、と言うこともわかっていたが。
 自分という存在を調べ上げられればただではすまない。自分の存在だけならばともかく、ギルバートの身にまで、危険が及んではいけないのだ。
 いや、それ以上に、そこから《キラ》の存在を知られてはいけない。
 もし知られてしまったとき、彼がどうなるか……それをギルバートは教えてくれた。キラに好意を抱いている自分にしてみれば、それは耐え難いものだと言っていい。
 そして、この場でのキラの負担も、見ている者が逆に心配になるほど大きなものだ。
 だから、自分にできることはしなければならないだろう。
 それが自分の義務だ、とレイは考えていた。
「でも、僕は嬉しいんだ」
 だから、お礼を言う。それがおかしいのか? とキラは小首をかしげてみせる。そうすれば、とても年上とは思えない。
「……そう言うことでしたら……」
 キラのために、お礼の言葉を受け入れよう。自分のためではなく、相手のため。そう思えるのは彼が二人目だ。
「でも、後でがっかりしないでください」
 実際には使えないかもしれないのだし、とレイは言い訳のように口にする。
「その時は、その時だよ」
 また探せばいいだろう。でなければ、メンデルの施設を使えばいい。こう言いながらも、キラは気が進まないようだ。もっとも、あそこには自分も足を向けたくない、と思う。
「そうですね。俺も、がんばりますから」
 だから、何とか該当の施設を見つけ出そう。
 レイは心の中で改めて決意を固めた。

「……本気で、言っているんだよな、二人とも……」
 アスランは思わずカガリとラクスをにらみつけてしまう。
 しかし、それが二人に通用するはずがない。
「もちろんですわ」
 その視線にひるむことなく、ラクスは微笑みながら頷いた。
「仕方ないだろう……キラのためだ……」
 そして、あからさまに『不本意だ』と顔に書きながら、カガリも言葉を重ねてくる。
「でないと……あいつ、どこかに行ってしまいそうなんだ……」
 この戦争が終わったときに……と彼女ははき出す。その言葉に、アスランも思わず頷いてしまった。
「……キラは、俺たちに何か、重大な秘密を……隠している」
 しかし、本人は自分たちがそれに気づいているとは思っていないだろう。いや、気づかれていないはずだ、と信じているらしい。
 それがキラの願いだというのであれば、自分は気づかないふりをしていよう……とアスランは考えていた。
 しかし、それと彼が自分の前からいなくなることとは別問題だ、と言い切れる。
 そんなことをさせるわけにはいかない、とも。
「おそらく……メンデルで、何かあったのでしょうが……」
 それを彼に問いかけることはできないだろう、とラクスも頷く。
「フラガなら、知っていると思うが……」
 だが、とカガリは言葉を濁す。自分たちがそれを知った瞬間、間違いなくキラは姿を消すだろう。だから、どんなに知りたいと思っていてもそれだけはしていけないのだ、と彼女は食いしばった歯の隙間からはき出す。
「だから、もっと確かな絆を、キラとの間に作って頂かなければならないのですわ」
 貴方に、とラクスはきっぱりと言い切る。
「キラが貴方を望んでいなければ、決して認めたくはないのですけど……仕方がありませんわね」
 だから、体を張ってでもキラがここにとどまるようにさせろ……と言われているような気がするのは、アスランの錯覚だろうか。
「俺だって……できることなら、今すぐにでもキラが欲しいですよ。こんな状況でなければ、ね」
 戦力的にいえば何とかなるのだ、とはわかっている。だが、キラが自分たちだけを戦わせるのはいやだと言っているのだ。だから、自制しなければいけないのだ、とアスランは自分を戒めているのに、どうしてこの二人は……とアスランは内心忌々しい思いでいっぱいだった。
 強引に物事を進めれば、きっと、キラはまた部屋にこもってしまうだろうし、とも思う。
「あなた方が、キラを説得してくれる……というのであれば、俺としては文句はありませんけどね」
 自分はする気がない。
 いや、きっとできないだろう。
 キラの気持ちの方が自分にとっては優先されるべきものなのだ。だから、彼の気持ちが今のままでは先に進めない。
 それがわかっているから、アスランは二人に向かってこう告げる。
「……甲斐性なし……」
 カガリがぼそっとこう呟く。
「なんと言われてもかまわない。キラさえわかっていてくれるならな」
 もう、キラを傷つけないこと。
 それが自分の行動の根本にあるのだ、とアスランは彼女たちに言い切った。
「仕方がありませんわね。貴方がなさったことを考えれば」
 こう言い返してくるラクスの言葉に棘が含まれていることに関しても、自分は甘んじて受け止めなければならないだろう、と思う。彼女の行動がなければ、自分たちはこうしてともにいることはかなわなかっただろうから、と。
「キラも……素直じゃないからな」
 カガリはカガリでため息をついてみせる。
「仕方がない。お姉ちゃんが一肌脱ぐか。付き合ってくれるよな、ラクス?」
「えぇ。それがキラのためならば、いくらでも」
 アスランのためには指一本動かしたくないのだが、と告げる少女達に、本人は苦笑を浮かべるだけだった。