一体、何が起きているのだろうか。 緊迫しながらも何とか続いている凪のような時間。 だが、それはちょっとしたきっかけで壊れるものだ、とアスランはわかっていた。 だからこそ、この一瞬一瞬を大切にしたいのだ、とも思う。 「……アスラン……」 どうかした、とキラがアスランの顔をのぞき込んできた。あの日の言葉通り、キラはこうして部屋から出てくるようになっている。それでも、何かあるとこもってしまうのは変わらなかった。 「いや……キラのこと、ちゃんと見ておこうと思って……」 いつ、またキラが部屋から出てこなくなるのか。 それ以上に、いつまたこうしてじっくりと彼の姿を見ることがかなわなくなるのかわからないのだ。だから、とアスランは心の中で呟く。 「アスラン……だから、ごめんって……」 そうすれば、即座にキラはこう言ってくる。 「一日に一回は、ちゃんとこうして顔を合わせて話をするから……いい加減、許してよ」 そう言う意味じゃなかったんだが……と思いながらも、キラの気持ちは嬉しい。 だが、少しだけその気持ちにつけ込んでもいいだろうか……と考えてしまう自分がいることにもアスランは気づいていた。 「……それだけじゃ、物足りないんだけどね……本当は」 言葉とともに、キラの細い体を腕の中に閉じこめる。 「アスラン!」 何をするんだ、とキラは慌てて逃げ出そうとした。しかし、それを許すつもりはもちろん、ない。 「あのね、キラ」 その柔らかな髪に鼻先を埋めると、アスランは口を開く。 「俺たちが付き合っているって……自覚、あるよね?」 恋人同士だって自覚も……と付け加えればキラはこくんと頷いて見せた。 「だったら……俺が何をしたいのかも、わかるだろう?」 本当は、とアスランはそのまま唇の位置をずらして、キラの耳に直接吹き込む。 「……でも、今は……」 そうすれば、キラの頬がうっすらと染まったのがわかった。そのまま、目を伏せてこう呟く。 「……今は確かに、どちらも動いていないけど……でも、いつ何があるか……」 わからない以上、今、体調を崩しかねない行為は……とキラは蚊の鳴くような声で付け加える。 「わかっている……でなければ、俺だってここまで我慢していない……」 とっくに、キラを自分のものにしていた、とアスランは囁き返す。 「アスラン……」 「……今なら、俺もいるし、ムウさんやディアッカ、それにアストレイのパイロット達もいる……キラがいなくても……とは思うんだけどね」 でも、キラがいやがるならしないよ……とアスランは不安そうに自分を見上げて来るキラに微笑み返した。 「だって……」 そんなアスランの言葉にキラは視線を泳がせる。 「……みんなにだけ……」 戦わせるなんて……とキラはさらに言葉を重ねてきた。 「わかってる。だから、我慢したくないけど、我慢しているだろう?」 でも、とアスランは思う。もし、キラと体を重ねて自分たちの気持ちを改めて確認しあえれば、彼の不安の一部は消すことができるのではないか、と。 もっとも、それを口に出せないと言うことも事実。 何かいいきっかけはないものか……と思うアスランだった。 そんな二人をこっそりと見つめている三組の視線があった。 「……あらあら……」 「あいつらは……と言うより、あいつは何を……」 キラの性格がわかっているなら、自分からその手のことを口にできるはずがないだろう、とカガリがうなるように告げる。 「でも、キラは……フレイさんとおつきあいを……」 それも、その手の行為込みで……とラクスにしては珍しく言葉を濁しながら問いかけた。 「フレイに押し切られたんだよ、キラは」 一番、精神的に追いつめられていた時期だから、キラもすがりついたらしい……と聞いた、とカガリは言葉を返す。と言うことは、その情報の出所はアークエンジェルにいる誰かからなのだろう。 「そう、なのですか」 ならば、今、目の前で繰り広げられている光景も納得か……とラクスは呟く。だからといって、見過ごしているわけにはいかないのだが、とも。 「よく教えてくださいましたわね、レイ君」 おかげで対処がとれそうだ、とラクスは満面の微笑みを彼に向けた。 「キラさんが……悲しんでいるのがいやだったから、です。俺じゃ、手助けはできても、支えにはなれません」 まだ……と付け加えるのは、彼の矜持の表れなのだろう。そんなところも好ましいと、ラクスは感じていた。 「そうだな。キラが……悲しんでいるのはいやだ」 あの日々のように、一人で泣かせるのはもっといやだ、とカガリはレイに同意を見せる。 「……一番いいのは、気に入らないがアスランの気持ちを叶えてやることかよ……」 それはすなわち、キラとアスランが完全に結ばれる……と言うことだ。 「ものすごく、認めたくはないんだがな」 ようやく巡り会えた片割れを、早々に誰かに奪われるのは……とカガリは付け加える。ラクスにしても、その気持ちは理解できた。 「でも、それがキラさんのためなら……」 妥協するしかないのではないか、とレイは呟く。 彼の性格なら、たとえそうなった後でも、自分たちを邪険にするはずがないだろう、と。 「キラならそうですわね」 自分たちよりもつきあいが浅いはずなのに、レイは完全に彼の気持ちを読み取っている。それは、彼もキラが《好き》だからなのだろう。 「では、その手助けをして差し上げるべきでしょうか」 ラクスは意味ありげに微笑む。 「ラクス?」 「その前に、アスランを絞り上げましょう。本当に不甲斐ない方です事」 カガリの問いかけに、ラクスはこの言葉で答える。 「それはいいな」 これだけでカガリもラクスが何を言いたいのかわかったのだろう。にやりと唇を持ち上げる。 「そう言うことですので、レイ君。申し訳ありませんが、アスランを呼んできてくださいません? その後、貴方はキラと一緒にいて差し上げてくださいな」 レイもまた、ラクスの言葉に小さく首を縦に振って見せた。 |