久々に食堂に行ってみようか。 不意にキラはこう考えた。そして、その思いに従って部屋を出たときだ。不意に抱きしめられる。 「ようやく……顔を見ることができた……」 こう囁いてきたのは、もちろんアスランだ。 「あのね、アスラン……」 なんと言えばいいのか。 確かに彼を放っておいたような気がするのは事実だ。しかし、とも思う。それはこんな風に拘束されるような内容だったのか、とも。 「ちょっと、痛い……」 ともかく、少しでも腕の力を緩めて欲しくてこう告げる。 「逃げない、な?」 だが、アスランはこう問いかけてきた。その言葉の意味がわからずに、キラは思わず小首をかしげてしまう。 「アスラン」 「……だって、キラ……俺たちから、逃げていたろう?」 部屋に閉じこもって……とアスランは呟く。その言葉に、キラは思わず視線を落とした。思い切り思い当たる節がありすぎるのだ。 「吹っ切れた訳じゃないけど……でも……」 いつまでも、自分の殻に閉じこもってばかりはいられないと、わかったから……とキラは告げる。だから、部屋から出てきたのだ、と付け加えれば、アスランは小さく頷いて見せた。 「わかった。なら、俺は……お前がようやく俺を見てくれることに感謝しないといけないんだな」 そして、微笑みとともにこう告げる。 「アスラン……」 自分はそんなにも、彼に不安を与えていたのだろうか。 キラは初めてそのことに思い当たる。 「……ごめん……」 結局は、自分のことしか考えていなかった……と言うことだろう。キラはそう判断をして、謝罪の言葉を口にした。 「バカだね、キラは」 そんなキラの頬を、アスランの頬がかすめる。 「キラにとって必要だったんだろう? それに、こうして側にいてくれるし……だから、もういいよ」 キラの言葉にアスランはこういった。そして、そのままこつん、と額をあわせてくる。 「でもね」 苦笑を浮かべると、アスランはさらに言葉を重ねた。 「少しだけ、彼に嫉妬しちゃった」 囁くようにこう告げられて、キラは目を丸くする。どうして、そんな風に思うのだろうか、と思ったのだ。 「レイ君とは……そんな関係じゃ……」 それでも、彼のために一応断りを入れておこう。そう思ってキラは口を開く。 「それもわかっている。でもね、彼だけだったろう?」 キラの部屋に自由に入れたのは、とアスランはキラの言葉を遮った。 「俺は入れてもらえなかったからね」 こう付け加えられては、キラに反論の余地はないだろう。 「だから、ごめん……」 こうなれば、謝罪をしまくるしかないのだろうか。キラは本気でそう思う。 「でも……アスランの顔を見られなかったから……」 いろいろな意味で……と付け加えれば、アスランはわざとらしいため息をついてみせる。 「あのころは……まだ、敵同士だったからな……」 苦しげな口調でアスランが言葉を口にした。 「……でも、今は俺が側にいるんだ……だから、俺を頼ってくれないか?」 頼りないかもしれないけど……と言う言葉に、キラは首を横に振ってみせる。 「アスランが好きだから……きちんと、自分の中で結論を出したかったんだ、僕は……」 だから、頼りないとかそんなことは思っていなかった、とキラは告げた。自分の気持ちだけが問題だったのだ、とも。 「でも、それでアスランに不安を感じさせたんなら……ごめん……」 キラの言葉に、アスランは苦笑を深める。 「だから……本気でキラのことを怒れないんだな、俺は」 そして、こんなセリフを口にした。 「アスラン?」 普段は、自分の方がとんでもないところから話題を持ってくる……と言われている。もちろん、そんな表現を一番最初に口にしたのは目の前の相手だ。だが、今日は自分よりもアスランの方が突飛もない話題をどこからか持ってきているように思えてならない。 「そうだろう?」 キラの疑問を感じ取ったのか。アスランが苦笑とともに言葉を口にし始める。 「キラの行動は、全部、自分のためじゃない。誰かのため、と考えての事じゃないか。今回は俺のことを考えてくれたんだろう?」 だから、怒れなくなったんだ、とアスランは付け加えた。 「でも、レイ君に嫉妬したことも、頼ってもらえなくて悲しかったことも、全部本当だからな」 どこか照れたような口調でこう付け加える彼が、どこか可愛らしいと思えるとばれたら、きっと怒鳴られるだろう。それでもそう思ってしまうのだから仕方がない。 「次からは……気をつける……」 その気持ちを悟られないようにこう告げる。 「そうしてくれ」 でなければ、余計な人にまで嫉妬心を燃やすことになってしまう……とアスランは口にした。 そのまま、彼の顔が近づいてくる。 何をしたいのか、と問いかけなくても想像が付いた。 本当なら、拒むべきなのだろう。今は二人だけしかいない……とはいえ、ここは誰が来るかわからない通路なのだ。いくら何でも、そう言うシーンを見られるのは恥ずかしい。 だが、アスランの気持ちを考えれば妥協するしかないのだろうか、とも思うのだ。 本当にどうしようと悩んでいるうちに、アスランとの距離は、お互いの吐息が混じり合うほど近づいていた。 そのまま、お互いの唇が触れるのか、とキラが考えたときである。 「ぐぇっ!」 妙な声とともにアスランがキラから離れていく。 「えっ?」 「何をなさっていますの、アスラン?」 何が起こったのか、とキラが確認するよりも早く、ラクスのことの言葉が耳に届いた。 「そう言うことは、部屋の中でゆっくりとなさってくださいませ!」 にっこりと微笑むラクスが怖い。そう思えたのは初めてである。 しかし、彼女の怒りはあくまでもアスランに向けられているらしい。 そして、アスランもまた譲るつもりはないのか。 キラに口を挟む隙を与えずに、二人の舌戦は続いたのだった。 |