「……久しぶりだね……君が、私の元へ足を運んでくれるのは」 言葉とともにギルバートは微笑みを浮かべる。 「で、軟禁中の人間の無聊を慰めに来てくれたのかね?」 この問いかけに、彼は盛大にため息をついて見せた。 「そう、見えるのかな?」 そしてこう言い返してくる。 「いいや。だが、そのくらいの戯れ言は許して欲しいものだね」 久々に君から会いに来てくれたのだから……とギルバートはさらに笑みを深めた。 「私としては、君と別れたつもりはないのだしね、ラウ」 そして相手の名を口にする。 「それは……お前だけだ」 私は、もう、そんな感情を抱いていない。クルーゼはこう言い返してきた。しかし、その口調が言葉を裏切っている。 「残念だね。私には君だけなのに」 わざとらしくため息を一つ、付いてみせるとギルバートは再びクルーゼを見つめた。 「初めて出会った、あの日からね」 その気持ちは今も変わっていない、と真摯な口調で告げる。 「全て……過去のことだ……」 「本当に、そう思っているのかね、ラウ」 ゆっくりと立ち上がると、ギルバートはクルーゼの側へと歩み寄った。そして、そっと手を持ち上げて彼の豪奢とも言える金髪に指を絡める。 「他人に触れられるのを嫌っている君が、私には今でもこうすることを許してくれるのに?」 そのまま仮面の下のクルーゼの瞳をのぞき込もうとした。だが、彼は顔を背けることでギルバートの行為を阻む。 「それは、昔のよしみだ……」 あくまでも自分たちの関係は終わったことだ……と言いたいらしい彼に、ギルバートは苦笑を禁じ得ない。 「……私は認めないが……そう言うことにしておいてあげよう」 君の気持ちがそれで楽になる、というのならね……とギルバートは言い切る。自分は、そうとは思わない、と言外に付け加えれば、クルーゼはあきらめたように吐息をはき出す。 「そう言う頑固者だから、こんな境遇になっているとは思わないのかね?」 そして、こう問いかけてくる。 「仕方があるまい。それが私だ」 今更変えられないし、変える気もない……と囁きながら、ギルバートはクルーゼの髪をもてあそぶ。それに、彼が一瞬心地よさそうな表情を作ったのは錯覚だろうか。 「……あの子供はどうした?」 不意に話題を変えるようにクルーゼがこう問いかけてくる。 「あの子供、とはレイのことかね?」 君でも、気になるのか……とギルバートは付け加えた。 「そう言うわけではない。あの子が上層部に捕まれば……私の正体がばれかねんからな」 今、それをされては困るのだ……とクルーゼはぶっきらぼうな口調で言葉を返してくる。普段の彼を知っている者が耳にすれば、信じられないという口調だろう。もっとも、本人はそれに気づいていないらしいと、ギルバートは微笑む。 「そう言うことにしておこう」 こう言えば、クルーゼの口元が意味ありげに引き締められる。だが、それには気づかないふりをして、ギルバートは言葉を重ねた。 「まぁ、教えたとしても、今のザフトにはどうしようもないところにあの子はいるがね」 「……エターナルか……」 それだけで、クルーゼにはわかったらしい。どこかほっとしたようにこう呟く。 「子供達の未来、守ってやりたいものだが……」 現状では不可能だ。 「彼は……真実を知ったぞ。私が教えたからな」 その上、クルーゼがこう言ってくる。 「そうか」 だが、それも予想の範疇のことだ。だからこそ、キラにはヴィアの形見のデーターカードを渡したのだ。それを相手も気づいているのではないだろうか。 「なら……あの子達は動くだろうね……」 自分が知っている《キラ》であれば、きっと、自分やヴィアの願い通りの行動を取ってくれるだろう。 「本当は……私も手助けをしてやりたいのだが……」 そうすることは、彼等をさらに追いつめることになる。だから、自分はここにいるしかないだろう、とギルバートは心の中で呟く。 「……お前は、何を暗躍しているのだ?」 微妙な表情の変化で自分の考えを読み込んだのだろうか。クルーゼがこう問いかけてくる。それに、ギルバートは曖昧な笑みだけで答えを返した。 「……たぶん、理論上はこれで大丈夫だと思うんだけど……」 さすがに、ここで実験をするわけにはいかない、とキラは呟く。いや、どこでもできないだろう。そのための被検体が存在しないのだから。 「でも、あの人は……」 本当に生きることを望むのか、と心の中で呟く。自分の出生の秘密、そしてそれを知ったことによって初めて目の当たりにした人の心の《闇》。 それがあるからこそ、彼はあんなにも《人類》を憎んでいるのではないだろうか。 「でも僕は……人を信じたい……」 自分が接してきた人々は、決していい人達だけではなかった。だが、それでも信じてみたい、と思うのだ。 「貴方も、全ての枷から解き放たれたら……そう思えるようになるのでしょうか」 それとも、また世界を壊すために動くのか。 そのどちらなのかわからない。 だが、あのギルバートが信じているのだ。だから、自分も信じよう、とキラは思う。 それがどんなにはかない望みだったとしても、いっぺんの希望があるのであれば、とキラは心の中で呟く。 「ともかく……これはコピーしておいて、レイ君に渡しておけばいいよね。万が一のことがあっても……彼がギルバートさんに届けてくれるはずだし……」 彼であれば、自分のような素人が考えついたこれも、もっと確実なものにしてくれるだろう。 「……お母さん……貴方の望みを叶えられればいいんですけど……」 そうしたら、自分がこの世に生み出された意義を見いだせるだろうか。キラはこう呟く。 それに対する答えは、どこからも返ってこなかった。 |