室内に、沈黙が満ちていく。
「……えっと……」
 そのいたたまれなさを何とかしたくてシンは口を開こうとした。しかし、その後に続くべき言葉が見つからない。
「ごめんね、シン君」
 そうすれば、キラが小さな声で言葉を綴り出す。
「キラさんが謝ることじゃないと思いますけど?」
 どう考えても原因はラクスにあるような気がするが……と言い返す。ついでに、それに同調したデュランダルにもその一端はあるのではないか。シンはそう言い返す。
「それよりも、俺が傍にいれば寂しくないんですよね?」
 本当に? と言外に問いかける。
「……多分……僕と君は似ているから……」
 そう言った意味では一人ではないと思えるし……とキラはぼそぼそとした口調で言った。
「でも……」
 さらに小さな声で彼が続ける。
「僕は、幸せになっちゃいけないんだよ」
 いったい、何故、彼はそんなことを言うのだろうか。
「そんなことないです!」
 だが、それを考えるよりも先に、シンはこう叫んでいた。
「幸せになっちゃいけない人間なんていません! 人間じゃなくったって、そうですよ」
 動物の幸せが何にあるのかはわからない。それでも、彼等は彼等なりに一生懸命生きているのだ。その一生に後悔なんてあるはずがない。
 人間だって同じではないか。
 どんな人間だって、一生懸命生きて最後の最期に後悔しなければ幸せだといえるような気がする。
 これは死んだ両親の受け売りだ。彼等にしても、最後の最期にそう感じていたかどうかはわからない。死んだ後、人間の意識がどうなるかなんてわからないのだ。それでも、カリダは『ハルマは不幸ではなかった』と言ってくれた。きっとそれは、自分を助けたことだけではなく、キラを育てたことも関係しているような気がする。
 だから、彼が育てたキラにも同じように思って欲しい。
 何よりも、キラに哀しい表情をして欲しくないのだ。
「君は、優しいね」
 そんなシンに向かってキラは微笑みと共にそう告げる。
「……そんなこと、ないです」
 相手がキラだから、だ。
 そうでなければ、こんなことは言わない。
「優しいよ、君は」
 しかし、キラはまたこう口にする。
「……だからこそ、余計に僕の傍にいない方がいいんだ」
 それはシンにではなく自分に言い聞かせているように聞こえた。
「それを決めるのは、俺です!」
 だから、とシンはキラに詰め寄る。
「俺は、キラさんの側にいたいです! 傍にいて、キラさんを守りたいです」
 その気持ちを否定しないで欲しい。そう告げればキラは瞳を揺らす。
「でも、僕は……」
「俺だけじゃないです! きっと、マルキオ様のとこにいる連中だって、同じ事を言います!」
 みんな、キラが好きだから。
 たとえ、キラがどんな人間だろうと、自分たちの知っている《キラ》がいてくれればいい。そう付け加える。
「……だから、側に置いてください!」
 シンはそう言いきった。
「……後で、きっと、後悔するよ?」
 キラは弱々しい声でそう告げる。
「キラさんの側にいられない方がもっと後悔します」
 だから、とシンは言葉を重ねた。
「傍にいたいんです、俺は」
 キラの傍にいて、守りたい。そう繰り返せば、キラはようやく小さく頷いてくれた。



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最遊釈厄伝