顔見知りのSPの案内で、レイはホテルの廊下を歩いていた。
 一緒に暮らしていた頃は、こんな風に自分が部外者扱いをされたことはなかったのに、と思う。だが、彼が最高評議会議長の座に着いた以上、仕方がないのだろうか。
 それでも、どこか納得はいかない。
 自分と今はいない《彼》はギルバートの家族だったのに。と考えてしまうのはワガママなのか。
「ダメだな、俺は」
 彼を守りたくてアカデミーの門を叩いたのに、逆に弱くなってしまったような気がする。
 これでは《彼》にも笑われてしまう。そして、いつかあうかもしれないあの人に、だ。
「その前に、シンか」
 彼にだけは負けたくない。そう思ってしまうのは、意地なのだろうか。
 だからといって、それは暗い感情を伴っていない。
 純粋に競い合えるのが楽しい。そう思える相手に出逢えたのは、やはり幸福なのだろうか――それが人生の最後だったとしても――と心の中で呟く。
 そう言うことは、自分にはよくわからない。
 アカデミーに入学するまで、自分の世界は閉じられていた。だから、子供が幼い頃に身につける判断基準を自分は身につけられなかったのだ。
 そのことについては仕方がないことだとわかってる。
 自分の出生が特異だからこそ、それを隠さなければいけなかったのだ。
 しかし、こういうときにその事実がもどかしく感じる。
 自分と同じように特異な出生だった彼も、同じように感じているのだろうか。それとも、と心の中で呟く。
「中でお待ちですよ」
 そんなことを考えているうちにどうやら目的地に着いていたようだ。
「ありがとうございます」
 ドアを開けてくれるSPにそう声をかけると、レイは中へと足を踏み入れる。
「レイ」
 その瞬間、待ちかねたように声がかけられた。
「元気そうだね」
 そのまま、ギルバートは歩み寄ってくる。
「ギルは、お疲れではありませんか?」
 忙しいのではないか、と聞き返す。
「まぁ、ね。それでも、君の顔を見たから、少しはよくなったよ」
 その言葉を信じていいものかどうか。だが、そう言ってくれて嬉しい、と言うことも事実だ。
「まったく。議長がこれほど忙しいとは、思っても見なかったね」
 あるいは、この状況だから忙しいのかもしれないが。彼は苦笑と共に付け加える。
「何かあったのですか?」
 プラント国内で何かあったという噂は聞かない。だとするならば、地球連合かオーブ相手、と言うことになる。どちらにしても厄介だとしか言いようがない。
「それについて話す前に、久々にお茶を淹れてくれないかな?」
 レイが淹れるお茶を飲みたい、と彼は甘えるように言ってくる。そんな彼の言動も珍しい。そう思いながら、レイは頷く。
 どうやら、最初からそのつもりだったのか。室内には既にお茶の道具が揃っている。それを確認して、レイは手慣れた仕草で淹れ始めた。
「……オーブでは、どうやらセイランがさらに勢力を伸ばしているようだよ」
 恐らく、バックに厄介な連中がいるからだろう。ギルバートのこんなセリフがレイの耳に届く。
「カガリ・ユラ・アスハは?」
「頑張っているがね。彼女はまだ若い」
 真っ直ぐなのはよいが、それだけでは政治の世界はやっていけない。時には裏工作も厭わない人間でなければ、己の意志を貫くことは難しいだろう。
「傍に、相談できる人間がいればいいのだろうが……アスハの主立った者達はウズミ・ナラ・アスハと道を共にしたらしいからね」
 彼の最大の失策がそれではないか。ギルバートはそう言う。
「だからこそ、シン・アスカ君のような人間が増えるわけだ」
 自分自身の実力を正当に評価してくれる国へと移住を希望する者が……と彼は続けた。
「大西洋連合はそれが気に入らないようだがね」
 あれやこれやと移住者達に制限を付けさせたいらしい。あるいは、オーブへ連れ戻すか、だ。
「……ギル……」
「もちろん、そんなことは認められない。彼等の自由意志だからね」
 だが、とため息をつく。
「オーブに残っている者達に対する逆風は強くなるだろうね」
 その人々がどのような判断をするか。それも問題だろう。
「キラ・ヤマトは……」
「……ん?」
「キラ・ヤマトは、どうするのでしょうか」
 そのような状況に置かれて、とレイは思わず問いかけてしまう。
「わからない。ただ、彼が連中の道具にされるようなことがないよう、手を打っておくべきだろう」
 そう考えれば、彼の居場所が明らかになっていないことは幸いなのかもしれないが。
「何故、そう思うのだい?」
 逆にギルバートはこう問いかけてくる。
「多分、逢って、話をしたいから……だと思います」
 色々なことを。そう言えば、ギルバートは静かに頷いて見せた。



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