カガリの機嫌が最悪なところまで下がっている。
 頼むから、今は爆発しないでくれ。アスランは心の中でそう呟く。同時に、今の自分の立場に歯がゆさを感じていた。
 もし、自分がこの場で口を開くことが許されていれば、きっと、彼女のフォローが出来るはずなのに。
 しかし、今の自分はただの護衛で、このような場で発言することを許されていない。ここに同席を許されていることすら特例だと言うこともわかっている。
 それでもただ見ているしかできないというのが辛い。
 何よりも、キラに頼まれたのに。
 そう思うと、本気で悔しい。
 ついでに、カガリに少し腹を立てていた。
 こうなることがわかっていたから事前に対策をいくつか伝授しておいたのだ。しかし、それらは彼女の脳裏から完全に消えてしまっているらしい。
 それが経験の差だ、と言ってしまえばそれまでだろう。
 しかし、カガリが冷静さを失わなければ公はならなかったはずだ。そのあたりについては、後でじっくりと話し合わなければいけないだろう。
 だが、それよりも先に、あちらの要求をどうするつもりなのか。
 それにしても、と目の前の相手の言動にあきれたくなる。
「……恥知らず……」
 そのまま、口の中だけでそう呟く。もちろん、他の者達には聞かれない声量で、だ。
 彼等がそう言う態度を見せるから、コーディネイター達は皆、この国を見限っていく。それが出来ない者達が彼等の言葉に渋々従っているだけだと言うことにもと言うことに気がついていないのか。
 キラだって、本当はここを出ていきたいのではないか。
 いや、違うな……とアスランは心の中で呟く。
 彼は自分の力を望まぬ形で利用されたくないだけだ。この国から出て行きたいわけではない。
 ここには、カガリやカリダがいる。そして、ハルマもここで眠っているのだ。
 そんな大切な場所を彼が見捨てられるはずがない。
 それでも見捨てなければ行けない日が来るのだろうか。
 ふっとそんな不安がわき上がってくる。
「……貴殿らの言いたいことはわかった。しかし、それはオーブだけの問題ではない」
 ため息とともにカガリが口を開く。
「何故、そうおっしゃいます?」
 あきれたような声音でウナトが聞き返してきた。
「彼等は正式な手続きを終えてプラントへと移住している。その元となった法案を作ったのは貴殿らだと記憶しているが?」
 カガリの言葉に、一瞬、彼は頬をひきつらせた。
「既にオーブの籍を抜けプラントの籍を得ている以上、彼等はプラントの人間だ。そんな彼等に我々が何かをしようとすれば、越権行為だと言われても仕方がないと思うが?」
 それとも、貴殿らはプラントとの戦争を望んでいるのか……とカガリは相手をにらみつける。
「そのようなことは……」
 ない、とウナトは口にした。しかし、それが真実ではないとその表情が告げている。
 大西洋連合との繋がりを強めている彼が何を望んでいるのか。想像がつかないわけではない。しかし、それを証明するだけの証拠がないのだ。
 バルトフェルド達が手を尽くしているようだが、しっぽすら掴めていないらしい。
 まさか、キラのハッキング能力が必要だと考える日が来るとは思わなかった。
 しかし、それを彼に望むことは難しいだろう。
 今のキラは、世界を拒絶しているような気がする。辛うじて、ラクスや子供達、そしてカリダと自分たちのことだけは受け入れてくれているような気がするが。
 もし、キラが一緒にいてくれるなら、軍の者達も無条件でこちらについてくれるだろうに。そう考えないわけではない。
 それでも、あのラクスがあれだけ口を酸っぱくして自分たちを止めるのだ。キラの心の傷はまだ癒えていないのではないか。そんなにキラが弱いはずがない、とは思う。しかし、自分たちを安心させるためだけに微笑んでいる彼を見ては、無理も言えない。
 いったいどうすれば、キラの心の傷を癒せるのか。
 そう考えたときだ。
「……わかった。プラントの最高評議会議用に私の名前で会談を申し込んでおこう」
 もっとも、とカガリは続ける。
「無駄足に終わるだろうが、な」
 その場合、責任はどうするのやら……と彼女はウナト達をにらみつけた。
「内政干渉、だからな。あちらからすれば」
 だから、自分はあえてそれをしようとしなかった。しかし、ウナト達が要請してきたから、仕方がなく引き受けるのだぞ、と彼女は続ける。
「貴殿らも知っているとおり、ここでの会談も全て保存されている。だから『いわなかった』というのは無理だぞ」
 そして、記録を消すことも、だ。その瞬間、ウナトの後ろにいたユウナが忌々しそうに顔をしかめたのがわかった。
 本当にわかりやすい。
 だからこそ、厄介なのだ。そう思わずにはいられない。
 とりあえず、この男から目を離さないようにしないと。アスランは心の中で呟いていた。



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