そうしている間にも、アカデミーの卒業の日は近づいてくる。
 何とか最後まで《紅》を手放さずにすんだかもしれない。シンはその事実にほっとする。
「……少なくとも、これで守られるだけって事はなくなったよな……」
 自分が誰かを守ることができる。ようやく、そのスタートラインに立てた。
 できれば、あの時のフリーダムのように……と思うのは自意識過剰かもしれない。だが、自分の中に、あの時見た蒼い翼が消えずに残っていることは事実だ。
 あの経験がなければ、アカデミーの門をくぐらなかったかもしれない。
「傷つけるだけの戦いなんて、ただの暴力だ」
 守るための力でなければ意味はない、とシンは呟く。
「もっとも、どこに配属されるか、全然わかんないけどな」
 パイロットなのは間違いないだろうけど、それに……と思う。
「レイやルナ達とも別れるんだろうな」
 それも仕方がないとわかっていても、やっぱりどこか寂しさを感じる。あるいは、彼等以外の知り合いがいないからかもしれない。
「知り合いなんて作っている暇、なかったしな」
 これからもないかもしれない、と小さな声で呟く。
「何、ぶつぶつ呟いているんだよ」
 そんな彼の背中を思い切り叩いてくれる人間がいた。
「何すんだよ、ヴィーノ!」
 痛いだろう、と即座に言い返す。
「ぼーっとしているお前が悪いんだろうが」
 そう言って彼は頬をふくらませる。
「さっきから、何度も呼んでいたんだぞ」
 さらにこう付け加えた。
「それは……悪かったけど。でも、本気で叩くこと、ないだろう?」
 本気でいたかったぞ、といいながらシンは反撃に出る。
「ちょっと、シン!」
 手加減しろよ! とヴィーノは騒ぐ。
「うるさい!」
 元はと言えば、自分が悪いんだろうが! とシンは言い返す。
「何を言うんだ! だったら、反応をしてこないお前が悪いんじゃん!」
「うるさい! 俺にだって考え事をしたいときがある」
 こうして、いつものじゃれ合いへとなだれ込んでいく。やはり、考え事をするのは寮に帰ってからにしておくべきだったか……とシンは少しだけ反省をしていた。

 少し離れたところから、レイはそれを見つめていた。その隣にはもう一つ人影がある。
「レイ」
 いい加減、止めに入ろうか。それとも……と考えていたときだ。彼が呼びかけてくる。
「何でしょうか、ギル」
 優先順位は彼の方が高い。だから、と視線を向ける。
「彼は、どんな少年だい?」
 いったい、どう答えればいいのだろうか。そう思いながら、ゆっくりと口を開く。
「……少なくとも、俺は嫌いではありません」
 それに、とレイは続ける。
「失うことの痛みも、力の怖さも、多分、理解しているかと……」
 だから、ギルバートが彼に新型を預けることに問題はないと思う。もちろん、個人的な感情までは何とも言えないが……と告げた。
「君も、面白くないのかな?」
「いえ……俺は、どちらかと言えば指示を出す立場の方が好みにあっているようですので」
 だから、新型を預けられなくても構わない。そう言い返す。
「なるほど」
 ならば、問題はないね……と彼は頷く。
「そう言えば、ギル……」
 そのまま離れていこうとする彼に、レイは呼びかけた。
「何かな?」
 足を止めて微笑みを返してくれる。彼にとっても、自分はまだ特別な位置にいるのだろうか。そう思いながら、レイはさらに言葉を口にする。
「ひょっとしたら、あいつは……フリーダムのパイロットを知っているかもしれません」
 どの程度の知り合いかはわからないが、と続けた。
 本人の口から聞いたわけではない。しかし、言葉の端々からそうとしか思えないのだ。もちろん、本人は無意識だろうが。
「……可能性はあると思っていたが……そうか」
 覚えておこう。ギルバートはそう呟く。
「では、また後で」
 そのまま彼はきびすを返す。
「はい」
 今度はレイも彼を止めない。代わりにシンとヴィーノのじゃれ合いを止めるために彼も体の向きを変えた。



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最遊釈厄伝