最近、キラは皆の前に姿を見せるようになった。
 もちろん、積極的に子供達に接しようとはしていない。それでも、彼等の姿を静かに見守ってくれている。
 しかし、子供達はそんな彼が気になるらしい。ためらいつつも近づいていく様子が見られた。そして、キラはそれを拒まない。彼等の好きなようにさせている。
「よかったですわ」
 いったいどのような心境の変化があったのかはわからない。
 それでも、彼が子供達を拒まなくなった。それだけでも大きな一歩だ、とラクスは思う。
 もっとも、彼の心の傷が完全に癒えたわけではない。ただ、ようやく前に一歩踏み出すことが出来るようになっただけだ。
「これで、あの二人が勢いづかなければいいのですが」
 小さなため息とともにこう呟く。
「カガリ嬢とアスランかね?」
 確認するように問いかけてきたのはバルトフェルドだ。
「えぇ。キラは、わたくしたちとは違うのだ、と何度も申し上げているのですが……」
 彼等は、どうしても自分の基準でしか世界を見られないらしい。特にアスランは、とラクスは続ける。
「彼等もまだまだ子供だからねぇ」
 庇護してくれる人間の下で、のびのびと過ごしてきた。それはキラもラクスも同じだ。しかし、二人は無理矢理にでも大人にならなければいけない理由があった。
 それを覚悟していたラクスとは違ってキラは無理矢理押しつけられたと言っていい。
 その反応がどれだけ大きいのか。他のものには推測するしかできない。
「どうやら、キラには他にもいろいろとあったようだしね」
 詳しいことは知らないが、とバルトフェルドはさりげなく付け加える。
「バルトフェルド隊長?」
 彼は何を知っているというのだろうか。そう思いながら視線を向ける。
「残念ながら、俺も詳しいことは知らない」
 自分たちの中で知っていたのは、唯一、フラガだけだった。その彼は、全ての情報を持ったまま虚空に消えた。自分とマリューは、その彼から少しだけ聞かされただけだ、と彼はため息をつく。
「鷹さんが生きていたら、キラも少しは愚痴が吐けたのかね」
 それだけでも心がどれだけ軽くなったことか。
「どうして、わたくしたちではダメなのでしょうか」
 何故、キラは教えてくれないのか……とラクスは呟いてしまう。
「さぁな。あるいは、他の人間には知られたくないことなのかもしれないな」
 フラガはキラがそれを知ったとき、居合わせたのかもしれない。あるいは、彼自身も当事者だったか。
「こればかりは無理強いできないからな」
 キラが『話してもいい』と言い出すまで待つしかないだろう。彼はそう続ける。
「何よりも、アスランにはその事実を知られないようにしないとな」
 彼のことだ。キラがそんな風に隠し事をしていると知れば、無理にでも言わせようとするだろう。それが、キラのためになると主張してだ。
「彼なら、そうですわね」
 困ったものだ、とラクスも頷く。
「そのことが、キラの傷をまたえぐることになると考えておられませんもの」
 だから、自分たちが気をつけなければいけない。ラクスも同意をする。
「とりあえず、万が一の時にはフォローしなければいけないだろう。だから、こちらで調べられるようなら調べておくが……」
 難しいかもしれない。それに、と彼は続ける。
「悪いが、何かわかってもしばらくお前にも教える気はないぞ」
「わかっています」
 その言葉に、ラクスは小さく頷く。
「わたくしは、キラが話してくださるまで待ちますわ」
 それが自分に与えられた役目だろう。ラクスはそう言って微笑む。
「そうだな。それがいい」
 バルトフェルドもそう言って頷く。
「と言うことで、そろそろあいつを助け出してやるか」
 言葉とともに彼は立ち上がった。
「あらあら」
 それに、ラクスも窓の外へと視線を向ける。そうすればキラが子供達に押しつぶされている様子が見えた。
「本当に、みんな、キラが好きですわ」
 それは、彼が何も否定しないからではないか。そして、黙って受け入れてしまう。
「あいつも、それがわかったから外に出てきたのかもしれないが……」
 でも、それだけではまだまだ不十分なのか。バルトフェルドは苦笑を浮かべる。
「見守ってやるのも大人の役目だろうね」
 そう言いながら、彼は部屋を出て行く。
「あ〜! アンディのおじさんだ」
 めざとくその姿を見つけた者がいる。この叫びとともに、数人の子供達が彼の方へと駆け寄っていく。その様子に微笑みを深めながら、ラクスもまた彼の後を追いかけた。



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