部屋の中にキラの姿はない。その事実に気がついて、アスランは眉根を寄せた。
「いったい、どこにいったんだ、あいつは」
 カガリも来ているのに、と彼はその表情のままため息をつく。
「ですから、キラはあなた達に会いたがらないだろう……と申し上げましたわ」
 そんな彼の背中にラクスがこんな言葉を投げつけてくる。
「何を言っているんですか」
 キラが自分――自分たちを遠ざけるはずがない。アスランは言外にそう言い返す。
「……それは、あなた方の思いこみではありませんか?」
 ラクスは小さなため息とともに言葉をはき出した。
「何をおっしゃりたいのですか?」
 意味がわからない。どんなときでも、キラは最終的には自分の手を取ってくれたではないか。
 いや、違うな……と直ぐに思い直す。
 ああ見えても、キラは頑固だ。だから、最終的に折れたのは自分の方だった。
 だが、それはいやではない。
 意外なことだが、キラが選んだ道は、最終的に正しい。一見、どれだけ間違っているように見えても、だ。
 そして、自分がそんなキラを支えてきた。
 だから、彼が自分を否定することはない。
「あの戦いで、キラはたくさん傷つきました。そして、その傷は、今も癒えていません」
 ラクスは静かな声でそう告げる。
「ですから、キラにはその傷を癒やす時間が必要なのです」
「しかし、もう一年ですよ?」
 十分な時間が過ぎたのではないか。アスランはそう言い返す。
「まだ、一年かもしれませんわ」
 それにラクスは反論を口にした。
「体の傷と違って心の傷は他人の目からは見えません。そして、言えるまでにどれだけの時間がかかるかも、人によって異なりますわ」
 何よりも、キラの傷は深い。
 アスランやカガリ、そしてラクスと違ってキラは一般の家庭の子供として育ってきた。その彼があのような状況で人々の先頭に立たなければならなかった。そのことが彼の精神にどれだけの負担をかけたことか。
「そう言えば、あなたのこともありましたわね」
 ラクスは意味ありげな声音でそう続ける。
「……俺が何か?」
 そう言い返す。もちろん、身に覚えがないとは言い切れないとわかっていた。
「さんざんキラを傷つけましたわよね、あなたは」
 自分の行いこそが正しいと思いこんで、と彼女はアスランをにらみつけてくる。
「そして、また、あなたは自分の考えだけでキラを傷つけますか?」
 そのまま彼女はさらに言葉を投げつけてきた。
「意味がわかりません」
「あなたにとっては『もう一年』でも、人によっては違うのだ、と理解できておられませんでしょう?」
 それがわかっていれば、キラはアスランから逃げなかっただろう。ラクスはそう言った。
「おばさまも、今のキラをそうっとしておいて欲しいとおっしゃっておられましたわ」
 さらに彼女は言葉を重ねる。
「おばさんが?」
「そうです。ですから、もうキラを追いかけるのはやめてください」
 それよりも、カガリと一緒に子供達の面倒を見て欲しい。そうすれば、少しだけとはいえ、カリダに休む時間を与えられるから。ラクスはそう言った。
「わたくしやキラはいつもここにおりますから、子供達にとっては珍しくも何ともないようですの」
 それに、力業を使うことは出来ないから……と言われて、一瞬悩む。だが、直ぐに納得をしてしまった。
 ラクスはもちろん、キラも決してアウトドア派とは言えない。
 だから、子供達を疲れさせることは難しいのだろう。
 そして、カリダを休ませたいという彼女の気持ちもわかる。
「……キラ……」
 しかし、と思ってしまうのは、彼と話がしたいからだ。
「キラも、いずれはご自分からアスランとお話をしようと思われますわ。その時間も待てないわけではありませんでしょう?」
 だが、こういわれては妥協するしかない。
「わかりました」
 必死に自分の欲求を押し殺しながら、アスランはそう言い返した。



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