まるでカガリが戻ってくる前に少しでも自分たちにとって都合のよい状況を作り出そうとしているようだ。 しかし、それを止められる者は誰もいないらしい。 気が付いたときには、オーブはコーディネイターが暮らしにくい国になっていた。 それは、モルゲンレーテにいる技術者も同じ事だ。このまま、このオーブにいてもただの奴隷になる道しか残されていないようにシンには思えた。 「……キラさんは、まだ、プラントにいるみたいだし……」 行っても会えるとは限らない。 しかし、自分にはもう、失うものは何もない。 ならば、少しでも可能性がある方に賭けたい、と思う。 何よりも、とシンは空をにらむ。 「この国にいたって、いい事なんて、何もないじゃないか」 結局は、首長家の都合に振り回されるだけだ。 それならば、と付け加える。 「いっそ、こんな国、捨ててしまってもいいよな」 それでもためらいがないわけではない。 どこか後ろ髪を引かれるような気がしているのは、カリダ達の存在があるからだろうか。それとも、自分の手の中にあるこのディスクのせいなのか。 どちらが正しいのかはわからない。 「でも、こんな俺が傍にいるよりは、きっといいよな」 ちび達の中にはコーディネイターもナチュラルもいる。それでなくても、こんな風にオーブという国の存在に疑問を持っている自分が傍にいない方が彼等にとってはいいのではないか。 あの子達は、まだ、誰か保護してくれる存在が必要だろう。マルキオもカリダも、それにふさわしい人物だ。 でも、自分は彼等に迷惑しかかけられないような気がする。 だから、ここにいない方がいいのではないか。 幸い――と言っていいのかどうかはわからないが――プラントは自分のような戦災孤児でも移住を受け付けてくれるらしい。 「問題は、どうやってあの人達を説得するか、だよな」 絶対、反対されるに決まっている。 それでも、自分はここではないどこかに行きたいのだ。 だから、と意を決してシンはマルキオの元へ向かった。 カリダを泣かせてしまったが、最終的にはプラントへの移住を許された。 だから、ここから見る光景も、今日で見納めだ。 「……ごめん、父さん、母さん、マユ」 視線の先にうっすらと見えるオノゴロ。そこで眠っているだろう家族に向かってシンは呼びかける。 「でも、俺は許せないんだ……アスハやセイランだけじゃない。弱い人間を傷つけようとする奴は」 しかし、今のこの国ではコーディネイターである自分がそんな人々を守ることは難しいのだ。 もちろん、軍人になれないわけではない。 しかし、今のこの国の軍人は、セイランの私兵だといっていい。だから、命令次第では同胞を傷つけなければいけないかもしれないのだ。 そんなのは我慢できない。 しかし、今のプラントなら、と考えるのだ。 「だから、俺は、プラントに行くよ」 ごめん、とそう付け加える。 「それでも、あなたの故郷はこの国ですよ」 背後から静かな声が響いてくる。 「マルキオ様」 振り向けば、彼が穏やかな微笑みを浮かべているのが見えた。 「忘れないでください。二つの種族は平等なのです。そして、ここにあなたを待っている者達がいることも」 そう言いながら、彼はゆっくりと歩み寄ってくる。 「ですが、俺は……」 「あなたは、自分の理想を実現するためにこの国を出て行くのでしょう?」 そして、これ以上、オーブという国を嫌いになりたくないからではないのか。そう言いながら、マルキオはそっとシンの頬に触れてくる。 「その気持ちは、恥じるべきものではありません」 だからといって、過去を全て捨てないで欲しい。そう彼は続けた。 「……わかっています、マルキオ様」 捨てられるはずがない。今、自分が抱いている怒りも、前に進むために必要なものだから。そして、マルキオやカリダ達に対して感じている慕わしさもだ。 「何かあったら、遠慮しないで連絡をしてくださいね」 まさか、そう言われるとは思わなかった。だが、ここに自分を待っていてくれると言うだけで、何故かオーブに対する憎しみが和らいだような気がする。 だから、小さく頷いて見せた。 プラントについて、自分と入れ違いになるようにキラ達がオーブへ帰ったことを知った。 「……残念だけど……機会が失われたわけじゃないよな」 あるいは、またどこかで会えるのかもしれない。シンはそう考えると、試験を受けるためにある門をくぐった。 |