穏やかな日々が続いていくうちに、シンの中で新たな疑問がわき上がってくる。
 どうして、あの日、モルゲンレーテへの避難勧告が行われなかったのだろうか。もっと早く避難勧告がでていれば、自分の両親もハルマも、死なずにすんだのではないか。
 それだけではない。
 ウズミ・ナラ・アスハをはじめとする親コーディネイターの首長達があの日命を落としたせいで、セイランのような反コーディネイター派が力を振るっている。
 カリダ達と暮らしているこの孤児院――マルキオの個人的な施設であるにもかかわらず――にも嫌がらせのようなことがされているのだ。
 このまま、自分がここにいていいのだろうか。
 そんなことすら考えてしまう。
 でも、ここを出たとして、自分はどこに行けばいいのだろう。今の自分に行ける場所などないのだ。
「何を悩んでおいでですか?」
 その時だ。静かな声が頭の上から振ってくる。
「マルキオ様……」
 ゆっくりと立ち上がるながら、シンは彼の名を呼んだ。
「あの……お客様は?」
「ご心配なく。もう帰られましたよ」
 彼等にしても、こうして押しかけてくるのが関の山だ。そう言ってマルキオは微笑む。だから、シン達が心配することは何もないのだ、と彼は続ける。
「……マルキオ様……」
 ですが、とシンは言い返そうとした。
「彼等にしても、幼子を戦場に追い出した、と言う汚名は負いたくないそうですし……第一、ここは私の島ですから」
 オーブではあるが、あくまで子ここは私有地だ。
 何よりも、と彼は続ける。
「ここに手を出せば、彼等はプラントを敵にするよりも厄介な方々を敵に回すことになりますから」
 世論という、と言われて、シンは納得をする。  言っては何だが、セイランはアスハほど求心力がない。それでも、現在、何とかオーブの《代表》代理を務めていられるのは、五氏族の一家だからだ。
 でも、とシンは思う。
「……アスハだって、俺たちを見捨てたくせに……」
 小さな声でこう呟く。
「シン君?」
 それをしっかりと耳にしたのだろう。マルキオが静かな声で呼びかけてくる。
「だって、そうじゃないですか!」
 もっと早く避難勧告がでていれば、自分の家族もハルマも死なずにすんだはずだ。その思いは未だに消えない。
 確かに、ウズミ達は命を捨てた。
 それすらも気に入らない。
「ウズミ様がいれば……あいつらだって、こんな馬鹿なことをしなかったでしょう!」
 確かに、地球軍と敵対した責任を取られたかもしれないが、それは国を治めるものとしては当然の事ではないのか。
 その覚悟もなく、国政に携わるなんて……と続ける。
「俺は……あいつらのしたことを『潔い』なんて、言いません!」
 そういうと同時に、シンはその場を駆け出す。
「シン君!」
 そうすれば、目の見えないマルキオが追いかけてこられないとわかっているからだ。
 彼が尊敬に値する人物だと言うことはわかっている。
 あるいは、彼と話をすることで、この胸の中にある怒りや悲しみが昇華できるかもしれない。
 しかし、だ。
 それを消すことで自分は自分ではなくなってしまうような気がする。
「……俺は……」
 一番許せないのは、戦争だ。
 でも、それを引き起こしたのは誰かの思惑ではないか。
 それを止められなかったのは、アスハをはじめとしたオーブの首脳陣だって同じ事だろう。
「俺は、アスハも許せない!」
 しかし、それはここでは許されない感情ではないか。
「……俺は……」
 ここにいるべきではない。
 だから、いずれここを出ていこう。
 カリダ達を悲しませることになるかもしれない。それでも、ここにいたらきっと、別の意味で彼女を悲しませてしまう。
 その前に、とシンは拳を握りしめた。



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