だが、彼――トダカの言葉は正しかった。
「あなたが無事でいてくれてよかったわ」
 そう言って、キラの母――カリダは微笑む。
「あの人は、最初から覚悟をしていたもの。だから、あなたのせいではないの」
 そして、誰のせいでもない。彼女はそう続ける。
「むしろ、あなたが生きていてくれて嬉しいわ」
 言葉とともに細い指がそっとシンの頬に触れてきた。そのまま、優しく撫でてくれる。
 その仕草は、母がしてくれたものと同じだ。
 あるいは《母親》と呼ばれる人たちに共通する仕草なのだろうか。
 どちらにしても、その仕草はとても心地よい。同時に、シンの心を解かしてしまう。
「でも、俺は……」
 自分一人だけ生き残ってしまった。
 ハルマはキラと話をしたいと言っていたのに、と続ける。
「あなたは優しい子ね」
 こう言いながら、カリダはそっとシンの体を抱きしめた。
「あなたのせいではないの。もっと前に……あの子にもう一度会うこともなく死んでいた可能性もあるのよ」
 自分たちは、と彼女はそのまま続ける。
「戦争とは……そういうものだわ」
 オーブの人間にはつい先日まで縁遠いことではあったが。だが、それでも……と彼女は続ける。
 それはそうだ、とシンは思う。
 ヘリオポリスの崩壊の一件だって、自分たちはどこか別世界のことのように感じていたのだ。
 あの事件の時に、死んだ人間がいる。
 それがわかっていても、だ。
 まだまだ戦禍は遠いと思っていた。
「……何で、戦争なんか……」
 思わずこう呟いてしまう。
 戦争なんて起きなければ、誰も傷つかずにすむのに。なのに、どうして……と思う。
「それはきっと、自分以外の相手が怖いからよ」
 オーブのように、二つの種族がお互いを認められる国は少ない。オーブですら、コーディネイターを恐がっているナチュラルはいるのだ。
「ナチュラルもコーディネイターも、同じ人間なのに、ね」
 そう言える人間がどれだけいるのだろうか。それも、ナチュラルにだ。
「でも、永遠に続くわけではないわ」
 いずれ終わる。だから、と口にしかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。
「だから、それまでは一緒にいましょう」
 他にも、親を失った子供達がいる。その子供達も自分が面倒を見ているのだ。だから、と彼女は微笑む。
「でも……」
「迷惑だ、なんて言わなくていいわ。むしろ、そうしてくれた方が私も嬉しいし」
 だからね、と彼女はシンの顔をのぞき込んでくる。
「それに、シン君は大きいから、小さな子供達の面倒を見てくれると嬉しいわ」
 シンにとってはちょっと辛いかもしれない。だが、と彼女は言葉を重ねた。
 それはきっと、マユのことを思い出すかもしれないから、と言う意味だろう。
 でも、シンは心の中で呟く。それは自分だけではないはずだ。だから、と続ける。
「……ご迷惑でないなら……」
 小さな声で告げた。
「そんなこと、言うはずがないでしょう?」
 カリダがそう言って微笑んでくれる。
「これからよろしくね」
 この言葉をどこまで信用していいのだろうか。それはわからない。
 だが、母と同じ温もりをくれる女性と、一緒にいたい。その気持ちの方が強かった。



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最遊釈厄伝