その後、いったいどうやってここまで避難をしてきたのだろうか。
 シン自身、それはよく覚えていない。
 気が付いたらオーブ軍の人間に保護されていた。そして、脱出船に乗せられていたのだ――一人で。
 家族やハルマがあの後どうなったのか。それすらも覚えていない。
 彼の手の中にあったのは、マユの携帯と、いつの間にかポケットに入っていた一枚のディスクだけだった。
 きっと、これはハルマのものだろう。
 そして、彼が渡したかったのは自分ではない。キラだ。
 でも、と思う。
「会いになんて行けるわけねぇよな」
 何と言えばいいのだろうか。
 もし、あのまま彼が自分たちの傍にいてくれたら、あるいは……とも考えてしまう。そんな自分が嫌なのだ。
 何よりも、彼の最後を何と伝えればいいのか。
 それでも、これは渡さなければいけないだろう。
 きっと、ハルマが『伝えたい』と言っていた内容が、この中に収められているような気がするのだ。
「……どうすればいいんだろう……」
 だからといって、とシンは呟く。
 その時だ。
「大丈夫かい?」
 シンに声をかけてくる人がいる。それに顔を上げれば、直ぐ傍に優しい表情の軍人の姿が確認できた。
 誰だろう。
 どこかで見覚えがあるような気がするが、と心の中で呟く。しばらくして、彼が自分をここに連れてきてくれた相手だ、とわかった。
「君が食事に来ていないと聞いたのでね」
 心配になったのだ。そう彼は続ける。
「……腹、減ってないから……」
 シンは小さな声でそう言った。
「そんなはずはないよ。あれから、もう、三日も経っている」
 いくらシンがコーディネイターでも、それだけの間食事を取らなければ体に悪い。しかも、まだまだ成長期なのだから。彼はそう続けた。
「でも、本当に、腹、減ってない」
 本当は空腹なのかもしれない。だが、何かを食べようと言う気になれないのだ。
「それは、君が食べていないからだよ」
 苦笑と共に彼はシンの体を立たせる。そのまま、そっと彼の肩に手を置いた。
「きっと、一口食べれば食欲が出てくるさ」
 だから、一緒に食堂に行こう。彼はそう続ける。
「……忙しいんじゃないのか?」
 だから、自分と付き合っていられないのではないか。シンはそう言い返した。
「忙しいかもしれないがね。我々に出来ることは君達を守り、安全を確保することだけだ」
 宇宙にあがった者達はまた別なのだろうが。そう彼は続ける。
「あいつも、宇宙にあがったんだよな」
 MSに乗っていたのだから、とシンは心の中で呟く。
「あいつ?」
 誰のことかな、と彼が問いかけてくる。
「キラって、いったっけ……ハルマさんの息子だって」
 渡さなきゃないものがあったんだけど、と小さな声で付け加えた。
「あぁ、彼か」
 それで誰のことかわかったのだろう。彼は頷いてみせる。
「もちろん、彼も宇宙にあがった。彼こそが、オーブ軍の要、だからね」
 だが、と彼は声を潜めた。
「彼の母君は、この船に乗っている」
 その言葉に、シンは心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われる。そんな人が乗っていると知っていれば、あの場所に残っていたのに。そう思ったのだ。
「あの人は、君を責めないよ」
 それに、と彼は言葉を重ねる。
「あの人であれば、君の気持ちを理解してくれるような気がするしね」
 同じ痛みを抱えているものとして。そう言われても、どうすればいいのか。シンには直ぐに答えを出すことは出来なかった。



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