久々に吸った地球の大気は、何故か甘く感じられる。それはきっと、同じ空気をキラが吸っていると知っているからだろうか。 「……アレックス」 そんなことを考えていた彼の耳にカガリの声が届く。 「どうかしたのか?」 いつもよりも覇気がない――それはしかたがないことかもしれないが――彼女の様子にアレックスは眉を寄せた。 「どうかしたのか、じゃないだろうが!」 即座にカガリが怒鳴り返してくる。 「お前、死ぬつもりだったのか?」 最後の最後まで破砕作業を続けるなんて……という言葉とともに彼女の掌がアレックスの頬に向かって飛んできた。 「そんなこと、考えるわけがないだろう、俺が!」 その手を押さえながらアレックスは言い返す。 「ただ……あいつらへの被害を最低限に抑えたかっただけだ」 どれがどこに落ちるかわからなかったから、できる限り砕いておきたかったのだ、とそう付け加える。 「……それを、あいつらの前で堂々と言えるか?」 低い声でカガリが問いかけてきた。 「あいつは泣くぞ。彼女の方は……別の意味で怖いな」 ついでに、こっちにも飛び火してくるに決まっているんだ……と付け加えた彼女の表情に少しだけ恐怖の色が混じる。 その理由も想像が付いた。 「……彼女は……ちゃんと理詰めで説明をすれば、理解してもらえると思うんだが……」 それまでの間、どれだけ小言を言われるかはわからないが。それでも、それ以外に方法がなかったと言えば少なくともそれだけですむはず。 だが、キラはどうだろうか。 一瞬、内密にしておこうかとも思う。しかし、それでは逆に彼を傷つけてしまうことになりそうだ。 だから、とアレックスは小さなため息を吐く。 「あいつにも、きちんと話をするさ。俺自身の口から」 泣かれたとしてもしかたがない。自分の行動を悔やむつもりは全くないのだ。 「……お前が、そこまで覚悟を決めているなら……取りあえず、私は何も言わん」 おそらく、その暇もないだろうからな……と彼女は小さなため息を吐く。 「確かに、な」 これからがカガリにとっては本番だ、と頷いてみせる。 「取りあえず、プラントとオーブの関係悪化だけは避けたいからな」 今回、どれだけミネルバのクルーをはじめとした者達が被害を抑えるために努力をしてくれたのか。それは伝えなければいけないだろう。 問題なのは、被害を受けた者達だ……と彼女はため息を吐く。 「オーブの民であれば、即座に援助の手を伸ばせるが……大西洋連合や何かではむずかしいだろう」 そして、彼の国がそれほど迅速に動けるとは思えない。 そうなれば、怒りの矛先をプラントへ向けようとするものが出てくるのではないか。 カガリのその推測は当たっていると思える。 しかも、だ。 「……セイランがどう動くか、だな」 オーブにしても一枚岩ではない。 アスハやサハクのようにコーディネイターに好意的な者達だけではない。そして、セイランは前回の戦の時にもさっさと地球軍に協力を申し出て自分たちには被害が及ばないようにしていたのだ。 そう考えればかなり厄介だとしか言いようがない。 「そうだな……」 アレックスの言葉にカガリも頷く。 「何よりも……あいつら――ユウナがキラを目の敵にしているからな」 それがなければまだ妥協してやってもいいのだが、と彼女はため息を吐く。 「キラは、確かに私の弟だが、アスハとは関係のない人間だ。それなのに、どうしてあぁなんだろうな」 声に潜めて付け加えられた言葉に、アレックスは顔をしかめる。気を遣っているのだろうが、それでも誰が聞いているかわからない場所では迂闊だとしか言いようがない。 しかし、それをこの場で指摘しても彼女は理解してくれないだろう。ある意味、オーブでは彼女たちのことは公然の秘密となっているのだ。 「あの男が、軍を掌握したいと思っているから、だろう」 しかし、軍部ではカガリとキラの人気は高い。いや、中にはキラの存在をあがめているものまでいる始末。 モルゲンレーテではキラの才能は必要なものと思われているから妥協できるのだろうが、軍部ではそうはいかない。そう思っているのだろう。 「あいつが自分から軍に関わることはない、というのにな」 キラがどれだけ戦いから逃れたがっているのか、それを知らないから、だろう。 軍人達が自分を尊敬しているという事実すら、キラにとっては負担になっているのだ。それでも、彼がそれを拒まないのは、軍人達のそんな意識がカガリにとってプラスになっていると理解しているからだろう。 本当に、もう少し自分のことを優先すればいいのに。 だが、それがキラだと言えるからしかたがないのか。 「……ともかく、状況次第では、俺は勝手に動かせて貰うぞ」 ミネルバのことも含めて、とアレックスは宣言しておく。 「あぁ、わかっている」 それでも、こちらの仕事も付き合ってくれ……とカガリは苦笑と共に言葉を返してくる。 「もちろんだ」 頷けば彼女はほっとしたような表情を作った。 「でも、いい加減、自分一人の判断で動けるようになってくれ」 そうすれば、自分はキラの側にいられるから。そう言い返せばカガリはむっとしたような表情を作る。 「誰がお前に、あいつを独り占めさせるか!」 そのままこう口にした。 「ひょっとして、俺が忙しいのはそれも理由なのか?」 本当に、とため息を吐く。そのまま視線を海原へと向ければ、水平線にオーブの海岸線が確認できた。 |