「……あいつって、何もんなんだろうな」
 ぽつり、とシンがこんな呟きを漏らす。
「あいつって……アレックスさん?」
「他に、誰かいるのか?」
 ルナマリアの問いかけに、シンは憮然とした表情でこう言い返している。
「確かに、よくわからない人よね」
 謎な人だわ、とそんな彼に苦笑を浮かべながらもルナマリアは同意をしてみせた。
「あれだけMSを操縦できる、と言うことは正式な訓練を受けているんでしょうし……」
 それどころか、アカデミーで学んだと思われるんだけど。そう付け加える彼女の推測は正しいと思う。
 しかし、とレイは心の中で呟く。だからこそ、彼の正体が余計にわからなくなってしまった。
「……そういえば、あの時、アレックスが敵と何か会話をしていたようだが……」
 聞こえていたか? と二人に問いかけてみる。
「そうだったの?」
 あの時、一番近くにいたシンへとルナマリアは視線を向けた。
「よく覚えてねぇよ」
 そんな余裕があったわけないだろう、とシンは続ける。
「ただ、連中がザラ派だって言うのだけは覚えている」
 パトリック・ザラの言葉だけが正しい道なのだ、とそう言っていた。シンは微かに眉根を寄せながらこう続ける。
「それに、確か否定の言葉を言っていたんだよ、あいつは」
 きっと、その時のことを思い出そうとしているのだろう。意外と、律儀なのだ、彼は。
「そうか」
 残念だが、彼が何者であるかはまだわからないらしい。それだけ細心の注意を払っていると言うことか。しかもそれが無意識に行えるまで身に付いていると言うことだろう。
 ならば、こちらもアプローチを変えるしかないだろう。
「それにしても、アレックスさん、残ってくれないかしら」
 これからのことを考えればとても不安だから……、とルナマリアが呟く。それは彼女の本音だろう。
「ルナ……」
「だって……いくらアカデミーでいい成績を取ったからって、実戦では経験がものを言うって思い知らされたじゃない!」
 確かに、アーモリーワンから奪取された機体の乱入はあった。
 しかし、それがなくても前世代機であるジンに押されていたのは事実だろう。
 ミネルバにいる者達の中で互角以上に戦えていたのは、シンとアレックスだけだ。そうも彼女は続ける。
「確かに、否定できないな」
 それは自分も感じていたことだ。
 もちろん、自分たちだけで何とかできるだろうという気持ちもある。しかし、それだけではいけないと思うことも事実。
 自分は、絶対に生き抜かなければいけないのだ。
「でも……あいつはプラントからオーブに行ったんだろう?」
 そうしなければいけない理由があったんじゃないのか、とシンが口を開く。オーブからプラントに行く以上のハードルがあったに決まっているし、とさらに彼は言葉を重ねる。
 それは彼がオーブからプラントへ移住するという体験をしてきたからだろう。
「……どうして、そんなことをしたのかしらね」
 それがわからない。そう呟きながら、ルナマリアは手にしていたドリンクに口を付けた。
「大切な相手でもいるんじゃないのか?」
 前の戦いの時に、地球に降りていたザフトの兵士の中にも現地のナチュラルと恋愛をして戻ってこなかった奴がいると聞いたし……とシンは言い返す。
「まぁ、それがアスハではないことだけは明白、だと思うけどな」
 彼は妙に自信ありげな口調で付け加えた。
「なんでそう言いきれるのよ」
 ルナマリアが即座に聞き返す。
「状況からすれば、アスハ代表と恋人同士だから……と考える方が自然でしょう?」
 あれだけ仲がいいんだし、とそうも付け加える。
「あの二人を見ていればわかるだろう」
 好きな相手に本気で殴りかかったりするか? とシンが言い返す。
「仲はいいかもしれないけどさ……なんて言うか、男同士の友情って感じじゃないか?」
 ヨウランとヴィーノの関係によく似ている、とさらにこうも付け加える。
「確かに。少なくとも恋愛関係にある男女の濃密な空気というものはないな」
 少なくともデュランダルとグラディスの間にはあったのに、とレイは心の中だけで補足をした。
「あるいは、アスハ代表に近しい存在なのかもしれないな、彼の大切な人は」
 だとするならば、それは《彼》ではないか。レイはある人物の名前を思い浮かべながら言葉を重ねる。
 今ここにいるカガリ・ユラ・アスハや行方はわからないものの、知らぬ者はいないザフトの歌姫ラクス・クラインとザフトの英雄アスラン・ザラ。
 この三人と並んで、歌姫の騎士と呼ばれていたパイロットがいる。
 しかし、その人物の名前はもちろん、人種すら公表されていない。ただ、その卓越した操縦技術からコーディネイターであろうと推測されているだけだ。
 その人物の名前をレイは知っている。
 キラ・ヤマト。
 ヘリオポリスの一民間人だった青年。
 何よりも、ラウ・ル・クルーゼを殺した相手。
 だが、それに関しては何も言うな、とデュランダルは何度も自分に向かっていった。それはどうしてなのか。
「一度、会ってみたいな……」
 そうすれば、どうして彼がそう言ったのかわかるのかもしれない。あるいは、ラウが自分の人生の幕引き役として彼を選んだ理由が、だ。
「確かに」
「興味はあるわね」
 それに、二人とも頷いていた。