「キラ……記憶が?」
 アレックスがおそるおそる聞いてくる。それにキラは静かに頷いてみせた。
 その反応に、アレックスが小さく体を震わせている。
「キラ!」
 逆に、アスランが嬉しそうな声を上げた。
「でも、今でも僕が側にいて欲しいのは君だよ、アレックス」
 そんな彼の前で、キラはきっぱりと言い切る。
「……キラぁ!」
 信じられない、とアスランが目を丸くした。だが、そんな彼ではなく自分を抱きしめてくれるアレックスへと視線を向ける。
「だって……僕が辛いときに側にいてくれたのは、いつでも、アレックスだったから」
 三年前から今まで、だけではない。あの桜の下での別れの日も、とキラは彼に確認を求めるように口にした。
「……あぁ」
 この状況でごまかしても無駄だ、と思ったのだろうか。アレックスは素直に頷いてくれる。その事実にキラはほっとした。同時に口元に笑みが浮かぶ。
「キラ! お前は、そいつに騙されているんだ」
 しかし、アスランにしてみれば納得できないのだろう。
「お前の《親友》は俺だろう? そいつは、それに便乗した偽物じゃないか!」
「僕とアスランが本当の意味で《親友》だったことがあった?」
 彼の言葉に、キラは思わずこう問いかける。
「何を……」
 言っているんだ、とアスランは目を丸くした。
「アスランの言うとおりに素直に動く人間が《親友》なの? アスランの言葉が絶対と思っていないと、ダメなの?」
 少なくとも、月にいた頃の自分たちの関係はそうではなかったか……とキラは言い返す。
「僕の言葉を聞いてくれているようで、結局、自分の思い通りに僕を動かしていたよね、アスランは」
 違った? と問いかければ、アスランは言葉に詰まっている。
「……でも、アレックスは違ったよ? 僕が間違っているときは怒られたけど、そうでないときはきちんと僕の気持ちを優先してくれた」
 だから、とキラは言葉を重ねた。
「僕の中で、月にいた頃の《アスラン》のイメージはそれになった。でも、それは君じゃなくてアレックスの記憶がそうさせたんだ」
 アスランとのことを思い出してみれば、そのイメージは一変する……と付け加える。
「……前の戦いの時もそうだったよね……僕の話なんか、全然聞いてくれなかった」
 自分たちに味方をしてくれたときも、自分の言葉を聞いたからではなく、他の人たちの言動が原因だったではないか。キラはさらに言葉を重ねる。
「アスランにとって、僕は何? 興味のない時は放っておいて、自分以外の人間に手出しをされたら慌てて取り戻すおもちゃ?」
 それとも、都合がいい下僕? と口にすれば、ぽかんとした表情を作ったのが見えた。
「……そんなこと……」
「本当になかったといえる? ミリィやラクスに確認してみる?」
 カガリは一番酷かったことのことを知らない。でも、あの二人はよく覚えているはずだ。
「それとも、イザークやディアッカ達? 誰がいいの?」
 アスランの脳内にある記憶ではなく、客観的に見たあの時のあれこれを全部教えてもらえると思うよ……とキラはさらに言葉を重ねた。
「……俺は、そんなつもりは……」
「なかったとしても、僕がそう感じていたら同じ事だよね」
 むしろ、自覚していなかっただけたちが悪いのではないか。
「……キラ……」
 そう考えていた時に、ため息とともにアレックスが呼びかけてくる声が聞こえた。
「何?」
 視線を向ければ、彼が真摯な視線を向けてきているのがわかる。
「いつ、思い出したんだ?」
 その表情のまま、こう問いかけられた。
「……違和感は、オーブに帰る前から……でも、完全に思い出したのは、レクイエムがアルザッヘルを壊滅させたとき、かな?」
 あの時の光景がアラスカのそれと重なったから……とキラはため息とともに口にする。
「でも……いくら考えても、アスランのことをもう《友達》とは思えなかった」
 側にいて欲しいとも、とキラは付け加えた。
「……それに……」
「それに?」
 キラの次の言葉をアレックスは促す。
「アレックスが、僕が聞きたかった言葉を言ってくれたから……」
 だから、もういいかなって、そう思ってしまったのだ。ため息とともにキラはそう言葉をはき出す。
「もう、アスランの存在は、僕には必要ないんだって……」
 アスランが何を言っても耳を貸す必要はないんだ。そう考えれば、憑き物が落ちたみたいに気持ちが楽になったし、と告げるキラに、アスランの表情は強ばっていく。
「だからといって、アレックスを代わりにしているわけじゃないよ。僕は、君が君だから、好きになったんだし……そばにいて欲しいって思う」
 もっとも、アレックスが「いやだ」というのであれば、離れるのはしかたがないのかもしれないけど、とそうも付け加える。
「そんなこと、言うはずがないだろう?」
 まして、そんな嬉しいことを言われたら、今すぐ押し倒したくなる……と耳元で囁かれてしまう。
「もっとも、そんなことをしたらあの世にいきかねないからな。まずは戻ってからにしよう」
 あれも連れて帰らないといけないだろうし、何よりもラクスが怖い……とアレックスは笑いながら付け加えた。
「そうだね」
 確かに、ラクスは怖い……とキラも頷いてみせる。
「なら、帰ろうか」
 不本意だが、アスランも持って帰るか……とアレックスは苦笑と共に付け加えた。
「ステルスも連れて帰らないと」
 ラクスが寂しがるから、と付け加えればアレックスは頷いてくれる。そんな些細な反応でも本当に嬉しいと思えるのはどうしてか。それはきっと、彼がアレックスだからだろう。
 キラはそうも考えていた。