戦後の処理は予想以上に大変だった。それでも、誰もが明るい表情を浮かべているような気がするのは錯覚だろうか。
「……まぁ、約一名、ふぬけもいるがな」
 それが誰のことかあえて指摘しなくてもいいだろう。アレックスはそう判断をする。
「ともかく……そろそろキラに食事をとらせないと」
 でないと、また空腹で倒れる……と呟きながら、そっとキラの背後へと歩み寄った。
「キラ」
 そのまま、耳に息を吹き込むようにしてその名を呼ぶ。
「ひぁっ!」
 その瞬間、キラが文字通り飛び上がった。その時に、何かキーを押したのか。パソコンからはエラー音が鳴り響いている。
「……アレックス……」
 微かに潤んだ瞳が恨めしそうに彼を見上げてきた。
「食事に行こう。でないと、あの二人にまたお小言を言われるぞ」
 その前に、エラーを止める方が先決だろうが……と苦笑と共に付け加える。だが、それ以上の時間は待たない、とも言外に告げた。
「お願いだから、気配を消して近づくのはやめて」
 気配さえ感じられれば、多少のことじゃ驚かないから……とキラはため息とともに言い返してくる。同時に、その指がいくつかのキーを叩く。それだけで、あっさりとエラー音は鳴りやんだ。
「俺は普通にしていたぞ」
 気が付かなかったのはキラの方だ、とアレックスは背後からイスごと彼の体を抱きしめながら言い返す。
「お前が集中していただけだろう」
 集中しているときのキラは周囲の状況を意識から完全に切り離してしまうだろう? とそうも付け加える。
「そうかもしれないけど……」
 だったら、声をかけてくるとか……とキラはなおも言い返してきた。
「一番手っ取り早い方法をとっただけだ」
 それに、笑いながらアレックスは言葉を返す。
「これなら、確実に意識が戻ってくるだろう?」
 俺に、と付け加えれば、キラの頬が赤く染まった。
「と言うわけで、行くぞ」
 手を伸ばしてデーターを保存する。
「……アレックス」
 そんな彼の行動に、キラは少しだけむっとしたような表情を作った。しかし、それを無視してアレックスは彼をイスから立たせる。
「お望みなら、抱っこして運んでやるが?」
 ただし、その時はお姫様抱っこだぞ……と付け加えれば、キラの頬がふくらむ。
「自分で歩ける!」
 そう言うことは人前でしないでくれ、とキラはさらに言葉を重ねてきた。
「人前でなければいいのか?」
 にやりと笑いながらこう問いかける。
「……バカ……」
 それに対し、返されたのはこの一言だった。それでも、彼の腕がアレックスの首筋に回されたのがそれに対する本当の答えなのだろう。
「じゃ、夜だな。もっとも、お前が大人しく部屋に戻ってきてくれなければ、廊下だろうとどこだろうと抱きかかえて運ぶからな」
 取りあえず、これだけは釘を刺しておく。でなければ、一晩どころか一週間ぐらいは平気でここで過ごしかねないのだ。
「……でも、仕事が次から次と回されてくるんだもん……」
 ラクスもカガリも大変なことはわかっているから、せめて軍のことで自分にわかることであれば、と思っていたのだが……とキラはため息をつく。何故かそれだけではなくシステムに関することも回されてくる始末だ、と彼はさらに言葉を重ねた。
「……まぁ、今はしかたがないな」
 それでも、とアレックスは心の中で呟く。少しは周囲をセーブするようにカガリに連絡を入れておくか。でなければ、キラが倒れてしまいかねない。
 そのせいで、彼がまたあの時のような状況になればどうなるのか。
「構わないから、少しは俺に回せ。お前のフォローをするのも俺の楽しみなんだから」
 どんなときでも側にいる、とそう付け加えれば、キラは嬉しそうに微笑む。
「うん。約束だよ?」
 そのまま、そっと顔を寄せてくる。その意味がわからないアレックスではない。
「あぁ、約束だ」
 言葉とともに唇を重ねる。
 この温もりは自分だけのものだ。
 アレックスはその気持ちのままさらにキラの体を強く抱きしめた。