「生きていたんだね、レイ」
 その声からは彼の無事を喜ぶ響きしか感じられない。
「……でも、何故……」
 だが、すぐにその表情はいぶかしげなものへと変えられた。それは当然だろう、とキラは思う。
「……キラさんが、薬を作ってくれたので……」
 だから、自分は以前と変わらずに生きてこられた。レイはそう言いながらキラの隣に立つ。
 いったい、どちらのことに驚いたのか。デュランダルは今まで身につけていた大人の余裕を失ったかのように、素の表情を見せている。
「君の、薬を……」
 だが、と彼は呟いた。
「ある人が、そのデーターを送ってくれました。それと……母の日記と研究資料も」
 これはカリダから、だ。
 自分が正気を手放しかけていたとき、少しでも世界に関わろうとしているのであれば……と手渡してくれたのだ。
 本当であれば、これを一生隠しておきたかっただろうに。自分と彼女達が本当の親子ではないという証拠であるそれも、キラのためであれば、と差し出してくれたのは、自分たちの絆を信じてのことだろうか。
「時間だけは、たくさんありましたから」
 そして、アレックス達も何のためらいもなく手を貸してくれた。
 これがどのような意味を持っているのか、それを聞くこともなく、だ。
「……貴方は僕を《最高のコーディネイター》だとおっしゃった。ある一点においては、認めざるを得ません」
 何よりも、自分自身の遺伝子データーが彼等のような存在を治療するのに役立つらしいというのは事実なのだ。
 しかし、それを公には出来ない。
 そんなことをすれば、どうなるか。キラにだって想像が付く。
「……人並み、とは言えないかもしれません。でも、レイ君にもう少し時間を上げられる可能性はあります」
 ただ、あくまでも可能性だ。
 自分は専門家ではないから、確実だとは言えない。
「レイ君は、それでも構わないと言ってくれました」
 こう口にしながらもキラはアレックスが側まで来ていることに気付いていた。その視線を感じただけで、自分は安心できる。
 アスランのそれとはまったく違う。
 そんなことを考えながら、とうとうステルスに捕縛された彼の姿を一瞬だけ見つめた。その後、すぐにまた視線をデュランダルへと戻す。
「君は……傲慢だね……」
 吐息と共に彼は言葉をはき出す。しかし、そこには先ほどまであった苛烈さはない。
「私に、世界とその子のどちらかを選べ、と言うのかね?」
 この言葉に、レイがキラの隣で体を強ばらせた。
「大丈夫だよ」
 そのまま彼の次の言葉を待っている少年に向かって、キラはそっと声をかける。
「そして、君はその答えを既に知っている」
 それでも自分にその選択を口にさせようとしているのか。そう言って彼は自嘲の笑みを浮かべた。
「だが、私は君達から見れば《悪》ではないのかね?」
 この問いかけに、キラは静かに首を横に振ってみせる。
「貴方の意見は僕たちのそれとは違います。でも、平和を手に入れようとする気持ちは嘘だったとは思いません」
 今回は、自分たちの方に運が味方をしてくれただけのこと。そう付け加えた。
「……僕は、このまま姿を消してくれるのであれば、何も知らなかったことにします」
 レイと共に静かに生きて欲しい。
 彼には出来なかったことだから……とキラはそっと付け加える。
「君に、そのデーターを渡したのは……ラウか」
 この問いかけに、キラは小さく頷き返す。それを確認して、デュランダルは銃を握っていた手を下げた。
「ギル!」
 それに嬉しそうにレイが声をかける。
「答えを返す前に、君に一つだけ確かめたい」
 静かな声でデュランダルが問いかけてきた。
「何でしょうか」
「……個人を決めるのはなんだと思うかね? 遺伝子か、それとも……」
 そう言いながら、彼は複雑な視線をレイに向けている。それはきっと、彼がこの少年に強いたことを後悔しているからではないのか。
「経験だと思います。遺伝子だとするならば、一卵性双生児は同じ人間だと言うことになりますよね?」
 でも、彼等にしても成長するに従って考え方は変わってくる。そして、自分自身の選択によって体形や顔つきまで変わってくるものだ。
「だから……あの人はあの人で、レイ君はレイ君です」
 自分にはそう思えた。キラはそう言い返した。
「……そうか……」
 レイ、と彼はそのままキラの隣にいる少年へと声をかける。
「今までのような生活は望めないかもしれない、いや、追われる立場になるだろうね。それでも、一緒に来てくれるかな?」
 この言葉に、レイの表情が本当に嬉しそうなものになった。
「ギル!」
 そのまま真っ直ぐに彼の元へと駆け寄っていく。その体を、デュランダルは揺らぐことなくしっかりと抱き留めた。
「僕がまとめたデーターはレイ君に渡してあります」
 彼等がこの宙域からいなくなるであろうまでは捜索は行わない。キラはそう告げる。
「……五年だ……」
 そんなキラに向かってデュランダルは言葉を返してきた。
「五年経って、君の言う未来が見えてこなければ、私はまた動くかもしれないよ」
 それだけは忘れるな。そう言ってくれたのは忠告だろうか。
「心しておきます」
 この言葉に頷くと、デュランダルはレイと共に姿を消した。代わりに、アレックスの腕がキラを抱きしめてくる。
「ご苦労様」
 そう言ってくれる彼にキラは笑い返す。だが、すぐに表情を引き締めた。
「君とのことも、決着を付けた方がいいんだろうね」
 アスラン、とキラは複雑なものを含んだ口調で告げる。その瞬間、アレックスとアスランが同時に息をのんだ。