「君がこんな所まで来るとは、正直思っていなかったよ」 静かな声でデュランダルがキラに呼びかけている。その声に、今すぐ彼の前に姿を現したい。生きていると教えたい、とレイは思う。 だが、それではいけない。 彼が本当に必要としていたのは誰かのか。それを確認したい、とキラに頼んだのは自分なのだ。 そんな彼に向けて、キラは静かに銃口を向ける。 その瞬間、鼓動が跳ね上がった。 事前に聞かされていなければ、キラが裏切ったのか、と思ったほどだ。 『これは、僕に対する戒め。でないと、流されかねないから』 キラはそう言って微笑んだ。銃口を人に向けている以上、自分は冷静であろうと努力をするから、とも付け加えた。 何に、と問いかけなくてもわかる。 『僕からは引き金を引かないから……それだけは約束をする』 そう言って微笑んだ彼の表情が、とても痛々しく思えた。できればそのようなことをしたくないのだ、と言う気持ちもわかる。 『それでも、信用できなくなったら……撃ってもいいよ』 この言葉とともに彼は銃を手渡してくれた。それを抱えて、自分はうずくまっているのが精一杯だった。 「やめたまえ」 それでも、彼等の言葉に耳を貸さずにはいられない。 「やっとここまできたのに、そんなことをしたら世界はまた、元の混迷の闇へと逆戻りだ」 柔らかな響きは、自分の魂を形作ってくれたものだ。幼い頃は、愛しみだけを与えてくれたそれが、自分を傷つけたことがある。それでも、この声の呪縛から逃げられなかった。 「そうかもしれません」 だが、こちらの声が自分をその呪縛から――完全ではなかったとはいえ――解きはなってくれた。 「でも、僕たちはそうならない道を選ぶことも出来るんだ。それが許される世界なら……」 自分たちの手で、自分たちの未来をつかみ取ることを。キラはそう言いきる。 「だが、誰も選ばない」 微かな侮蔑を滲ませた笑みをデュランダルは浮かべた。そんな表情をする人だったろうか、とレイは思う。 「人は忘れ、そして繰り返す。もうに度々とこんなことはしないと、こんな世界にはしないと、いったい誰が言えるんだね?」 誰にも言えはしない、とデュランダルは断言をする。 以前の自分であれば、その言葉を素直に信じただろう。だが、今はそうできない。 彼だけではなく、キラの言葉も真実ではないか、と考える自分がその証拠だ。 「でも、僕たちは知っている」 デュランダルのその表情にも、キラは冷静な口調で言葉を返していた。 「わかっていけることも、変わっていけることも」 だから、とキラは真っ直ぐにデュランダルを見つめている。 「明日が欲しいんだ! どんなに苦しくても、変わらない世界はいやなんだ」 変われることが、未来へとつながると信じているから……と彼は言いきった。 この言葉に、自分も未来を感じたのだ。それだけではなく、彼は自分に《未来》への手がかりもくれた。 「傲慢だね。さすがは、最高のコーディネイターだ」 それなのに、どうしてデュランダルはこんな言葉を口にするのか。 彼がどれだけ苦しみ、そして努力をしているのか。それを知らないのに。 「傲慢なのは、貴方だ! 僕はただの……ただの一人の人間だ」 機械でも何でもない。キラはそう告げる。 「……あの人の方が、よっぽど、僕の気持ちを認めてくれた……」 さらに付け加えられた言葉の裏に、複雑な感情がこめられていた。 「……あの人?」 誰のことか、とデュランダルが考え込むような表情を作る。彼でも、すぐにはキラの言葉とクルーゼを結びつけることは難しいのだろう。 それでも気付いて欲しかった、というのはワガママなのだろうか。 そんなことを考えていたときだ。 「キラ!」 第三者の声がその場に割り込んでくる。 反射的に視線を向ければ、ほぼアンダー姿のアスランがそこにいることが確認できた。 「……何故……」 ここに彼がいるのか。 確か、エターナルで隔離をされていたはず。 「脱走、か?」 おそらく、戦闘中で監視の目がゆるんだ瞬間に逃げ出してきたのだろう。 ザフトの兵士としては認められる行為なのかもしれない。しかし、タイミングが悪い、としか今のレイには思えないのだ。 それも、自分が変わったからだろうか。 「キラ! 俺はお前にとって、どんな存在なんだ!」 いや、そうではない……とすぐに思い直す。この状況でこんなセリフを口に出来る人間がいるなんて、普通は考えないだろう。実際、デュランダルでさえキツネにつままれたような表情になっている。 「俺は、お前が!」 この言葉とともに、彼は真っ直ぐにキラに向かおうとした。 その瞬間だ。 二人の間を切り裂くかのように、何かが空を切る。 そのまま、近くの壁にそれは当たった。 「……ミサイル?」 何でそんなものが、と思わず呟いてしまう。 「……アスラン……できれば、側に寄らないで欲しいのだがね」 どうやら、狙われているのは君のようだ……とデュランダルが冷静なのかどうかわからない口調で告げている。 「……議長!」 そんな、と口にする彼に向かって、またどこからともなくミサイルが発射された。 「彼を無視して……話を進めようか?」 自分たちには被害がないと判断をしたのだろうか。デュランダルはこう問いかける。 「……そうですね」 頷き返すと共にキラは視線を向けてきた。それが合図だ、とレイもわかっている。 「貴方は……もし、遺伝子が描く未来を変えられるとするならば、どうしますか?」 キラの言葉に導かれるかのように、レイは隠れ場所から進み出た。 「……レイ……」 信じられないというように、デュランダルは目を見開く。しかし、次の瞬間、彼の口元に浮かんだ微笑みはとてもやさしいものだった。 |