目の前でまた多くの命が失われてしまった。その事実にラクスは少しだけ表情を表情を曇らせる。
『ラクス』
 キラもまた、同じように悲しげな表情を作っていた。それでも、彼の瞳は力を失っていない。
「……わたくしは、彼のあの行動を許せません。そして、レクイエムの存在も、です、キラ」
 彼に辛い戦いを強いることになるのではないか。それはわかっていても、自分は彼の背中を押す言葉を口にしなければいけない。
「あれを破壊してくださいますか?」
 そう考えながら、モニターの中にいる彼に向かってこう問いかける。
『うん。わかっているよ、ラクス』
 あれは存在してはいけないものだ。銃口を押しつけられての選択は、人々の自由を奪うから……とキラは頷いてくれた。
「わたくしたちも、一緒に参ります」
 キラ達だけを戦わせるようなことはしない。
 ラクスは言外にそう付け加える。
『ラクス……』
「大丈夫ですわ、キラ。わたくしの存在が誰かの支えになると言うのであれば、構いません」
 自分は直接戦うことは出来ない。
 それでも、彼等と共にいることは出来る。
 だから、そのポジションを明け渡すつもりはないのだ。
 言外にそう告げると、ラクスは微笑んだ。
『大丈夫だろう。エターナルにはバルトフェルド隊長もダコスタもいる。ラクスの心配はいらない』
 そんな彼女をフォローするかのように、アレックスも頷いている。
『……わかったよ、ラクス』
 なら、一緒に行こう。こう言ってキラは微笑んでくれた。
 この笑顔が見られるならば、まだ大丈夫なのだろうか。それとも、と心の中で呟きながらラクスはさりげなく視線をアレックスへと向ける。そうすれば、彼も静かに頷いてくれている。
 これならば大丈夫だろう。ラクスはそう判断をして小さく頷き返す。
「では、参りましょうか」
 そしてこう告げれば、アークエンジェルのクルー達もそれぞれ同意を示してくれた。それを合図に、通信を終わらせる。
「……その前に」
 表情を引き締めるとラクスはダコスタへと視線を向けた。
「あの人の周囲のセキュリティをあげておいて頂けますか?」
「……アスラン・ザラですか?」
 ラクスの言葉からそう判断したのだろう。それでも確認の意味をこめて彼はこう問いかけてきた。
「そうですわ。万が一、彼がキラの邪魔をするような状況になっては困ります」
 まだまだ矯正途中ですし、と微笑みと共に付け加える。
「ブラックちゃんが一緒ですから大丈夫だとは思いますが……戦闘中は何があるかわかりませんから」
 もっとも、出撃しようにもMSがなければ何も出来ないだろうが、と彼女は続ける。
「となると、あの人の機体は外に放り出した方がいいのでしょうか」
 それとも、他の艦に移動した方がいいのか? とラクスは首をかしげた。
「心配するな。ここにあっても、そもそも動かないんだ。あいつでも、一人でMSを組み立てることは不可能だからな」
 放っておけ、とバルトフェルドは笑う。
「バルトフェルド隊長がそうおっしゃるのでしたら、大丈夫ですわね」
 ならば、彼のことはしばらく忘れていましょう。ラクスは微笑みと共にこう言い切った。

 そう言われた本人は……と言えば、独房の隅で正座をさせられていた。
 目の前にはカガリの立体映像が浮かんでいる。
 その口からはき出される言葉は、アスランが今まで無視してきたものだ。
「……でも、俺は……」
 まだ諦めずにその言葉に反論をしようとする。しかし、その口調にはまったく力が感じられなかった。

「気付くのが、遅かったのか?」
 おそらく、ザフト――デュランダルは内密に計画を進めていたのだろう。先にオーブではなく地球軍の基地を狙ったのも、彼の計画の一環なのかもしれない。
「十分にあり得るな」
 だとするならば、アルザッヘルを救うの不可能だったと言っていい。
「……キラは納得しないだろうが……納得させるしかないだろうな」
 誰だって、自分の持つ力以上のことは出来ない。それは、キラも自分も例外ではないかずだ。
 自分の腕は二つしかない。そして、その腕で守りたいと思うのはキラだけだ。ラクスにしてもアークエンジェルにしても、自分が守るのはその延長でしかない。
「俺にもっと力があれば、話は違うんだろうけどな」
 自嘲の笑みを浮かべながら、アレックスは控え室へと滑り込む。
「……アレックス……」
 即座にキラの泣きそうな表情が視界の中に飛び込んできた。
「キラ……」
 何と声をかけるべきか。アレックスは一瞬悩む。
「どちらにしても、これ以上あれを使わせないためにも、俺たちは出撃しなければいけない」
 だが、何かを言わなければいけない。そう判断をして、何とか言葉を唇にのせた。同時に彼の体をそっと抱きしめる。
「……すまない。俺がその可能性に気付いていれば……」
 こう囁けば、キラは小さく首を横に振った。
「それなら、僕も同じだよ……」
 何よりも、とキラは少しだけ声を震わせる。
「あれがオーブに向けられていない。そのことにほっとした僕が、間違いなくいるんだ……」
 それが、とキラはさらに言葉を重ねようとした。それを、アレックスは自分の唇で遮る。
「今は、それを考えるな。それに……俺も同じだよ」
 キラだけじゃない。だから、と抱きしめる腕に力をこめる。
「お前の罪は、俺の罪だ」
 それだけは忘れるな。そう囁けば、キラは取りあえず頷いてくれた。