キラを起こさないように室内の照明をぎりぎりまで落としながら、アレックスはラクスへと通信をつないでいた。
『やはり、思い出しかけているのですね……』
 アレックスの言葉を耳にして、彼女は小さなため息をつく。
「あぁ……あのバカが余計な揺さぶりをかけてくれた結果だろうな」
 どうすればいいのか。
 だからといって、今、キラを戦場から切り離すことは無理だ。
 自分にもっと力があれば、彼を戦場から出さずにすむのに……とアレックスは唇を噛む。
『取りあえず、アスランに関しては心配はいりません。現在、矯正中ですから』
 にっこりと微笑みながら、とんでもないセリフを彼女が口にしたような気がするのは聞き違いだろうか。
『それよりも、問題はデュランダル議長の方です』
 カガリ――オーブは、デスティニー・プランの受け入れ拒否を決めた。それに追随する国もいくつか見られる。
 だが、とラクスは眉根を寄せた。
「……逆に言えば、オーブが落ちれば彼に反対をする者がいなくなる……」
 そうなれば、デュランダルがどう出るか。想像がつくのではないか。
『明日、カガリさんがその声明を出すそうです。それにわたくしも賛同を表明することにしました』
 ラクスは微笑みながら、こう告げる。
「あれは間にあったのですか?」
『そう聞いておりますわ』
 だからこそ、自分はまだここにいるのだ、と彼女は頷く。
「わかった。キラが起きたら伝えておく」
 おそらく、戦闘になるだろうからな……とアレックスは眉を寄せた。
『そうですわね……』
 ラクスもまた、小さなため息をつく。
「取りあえず、連中に接収されたレクイエムの動きを監視しておいた方がいいだろうな」
 最悪の事態を考えれば、とアレックスは眉間にしわを寄せた。
『アレックス、まさか……』
「可能性はないと言えない。そうだろう?」
 そして、あれのシステムであれば十分に地球上の国に照準を合わせることが可能だ。
「邪魔者を排除するのに、一番確実な方法だ」
 既に自分のプランしか見えなくなっているデュランダルにしてみれば、それが正義と考えたとしてもおかしくはない。
『確かに、貴方の言われるとおりです』
 それ以外に彼に残っていないというのであれば、なりふり構わないのではないか。
 ただでさえ、彼はロゴス殲滅という功績を成し遂げた。そのことで彼に賛同する者達が増えているというのも事実。
 さらに、彼の力をあてにしてすり寄ろうとしている者も多いのではないか。
 そういう者達がオーブに手を伸ばしてこないとも限らない。
「カガリには、十分気を付けるように言っておいてくれ」
 戦闘ならばともかく、政治面では自分は手を貸すことは難しい。アレックスはこう告げる。
『わかっております。その代わり、貴方はキラのことをお願いします』
 今、一番気がかりなのはそのことだ。そう言われて、アレックスは頷いてみせる。
「わかっている。言葉は悪いかもしれないが、俺にとって見ればオーブはどうでもいい。キラにとって大切だから俺も気にかけているだけ、といえるかもしれない」
 もちろん、ラクスやカガリにもそれなりの親近感は抱いていることは否定しない。だが、そのために全てを捨てる気にならないだけだ。
『それこそが、私たちの望みですわ』
 自分たちはキラだけを優先できないから……と少しだけ寂しそうな響きがラクスの声に含まれる。
「代わりに、あいつのために穏やかな世界を作ってやれるだろう?」
 お互いがお互いの役目を果たせばいい。そう言ってアレックスは彼女に笑みを向けた。
『確かに、貴方のおっしゃるとおりですわ』
 お互いがお互いの役目を果たすことが重要だろう、と彼女は頷く。
『というわけで、明日、オーブ時間で午後二時からカガリが声明を発表するそうです。その時には、できればキラにも聞いて頂きたと思っています』
 もっとも、無理強いはしない。彼女はそうも告げた。
『その判断は貴方にゆだねます』
 キラの一番側にいるアレックスに……とラクスはさらに言葉を重ねてくる。
「お前の許可がもらえたなら、そうさせてもらう」
 だが、自分が反対をしてもキラはその場に立ち会おうとするに決まっているが、とアレックスは心の中で呟く。
 ラクスも、同じように感じているはずだ。
『では、また後で』
 しかし、それを悟らせることなく、彼女は通話を終わらせる。彼女の姿が消え、ただ、光だけをたたえている端末をアレックスは見つめていた。
 これからどうなるのか。
 それはわからない。だが、自分は最後までキラの隣に……と心の中で呟いたときだ。
 ふわりと背中に温もりがすがりついてくる。この部屋の中でそんなことをしてくるのは一人しかいない。
「起きたのか、キラ」
 胸の前で交差されている腕に触れながら問いかける。
「……そばに、いなかったから……」
 だから、とキラは甘えるように口にした。
「悪い。ラクスから連絡が入ったからな」
 こう言いながら、いったい彼はどこから話を聞いていたのだろうか……と不安になる。
「……うん……」
 しかし、それを問いかけることも出来ない。ただ、力がこめられたキラの腕を、そっと撫でるだけで精一杯だった。