目が覚めたとき、キラはどうして自分が倒れたのかを覚えていなかった。
 その事実に安心していいのかどうか。アレックスは悩む。
「……アレックス……」
 どうかしたの? と口にしながら、キラはそっと彼に身を寄せてきた。それは、まだ、マルキオの元にいた頃によく見られた仕草だ。しかし、最近は見られなかった。
 やはり、また少し、キラの精神は不安定になっているのか。
 だからといって、自分がそれを態度に出すわけにはいかない。それでさらにキラが不安定になってはいけないのだ。
「何でもない」
 そっと彼の腰を抱き寄せながら、アレックスは言葉を返す。そのまま、そっと彼の頬にキスを贈った。
 それだけで、キラの体から力が抜ける。そのまま甘えるように、肩に額をすり寄せてくる。
「どうした?」
 小さな笑いと共に、そっと彼の髪の毛に指を絡めた。
「わかんない……」
 でも、こうしていると安心できるから……とキラは小さな声で告げる。それに滲んでいる不安の色に、アレックスは微かに眉を寄せた。
「なら、好きなだけ甘えていればいい」
 しかし、声にはそれをにおわせるようなことはない。
「……ごめんね……」
 キラがそう囁く。
「バカだな。謝ることじゃないだろう?」
 こう言うときに、キラが甘えてくれるのは自分だけだ。それだけで十分だろう、とアレックスは言葉を返す。
「まぁ……カガリとラクス以外の他の人間にこういうことをしていたら、本気で怒るかもしれないがな」
 小さな笑いと共にさらに言葉を重ねれば、キラは意味がわからないというようにアレックスの顔をのぞき込んでくる。
「何で、カガリとラクス……」
「決まっているだろう? カガリはお前の姉だし、ラクスは精神的に一番近い存在だ」
 第一、それを邪魔したら、自分の身が危ない。小さな声でこう付け加える。
「アレックス」
 このセリフがツボに入ったのか。キラが小さな笑いを漏らす。
「やっぱり、お前が笑っていてくれるのがいいな」
 それに微笑み返すと、アレックスは彼の頬――と言っても唇の際――にキスを贈る。
「……あのね……」
 キラがうっすらと頬を染めた。
「何だ?」
 それでも視線をそらさない。その事実に少しだけ安堵しながらも聞き返す。
「どうせなら……ちゃんとしてくれる?」
 キスを……と恥ずかしそうに彼は言葉を返してきた。どうやら、唇に触れなかったのが気に入らなかったようだ。
 それがよい傾向なのか、と言われれば悩む。
 それでも、恋人にこんな風にねだられて行動に移さない男はいないだろう。
「言われなくてもしてやるよ」
 言葉とともにそっと唇を寄せていく。それを見て、キラが瞳を閉じた。
「んっ」
 触れるだけでもキラは甘い声を漏らす。
 その声を耳にした瞬間、背筋をぞくりとしたものが走っていく。
「キラ……」
 唇を開いて、と少し掠れた声で囁いた。その声に、キラは素直に唇を開いてくれる。それを確認すると同時に、アレックスはまた唇を重ねた。そのまま、舌先を滑り込ませる。
「……んんっ……」
 甘い声を漏らしながら、キラはアレックスの舌に吸い付いてきた。その必死な様子に、どこか不安を感じてしまう。
 あるいは……と心の中で呟く。
 ひょっとしたら、キラは思いだしかけているのだろうか。
 ラクスは、彼は無意識に自分とアスランを区別していると言っていた。その上で、自分を選んだのだから心配はいらない、と微笑んでくれたのは最近のことだ。
 この三年間はキラの中に根付いているから、とも。
 その言葉を疑っているわけではない。
 だが、万が一という可能性を否定できないのだ。そう考えてしまう自分に苦笑を浮かべたくなる。
 レイにはあぁ言ったが、あれはただの強がりなのだ。
 そんなことを言われれば、無様だと言われてもきっとすがりつくだろう。
 やはり、自分とアスランは同じ存在なのではないか。そう思えるのはこう言うときだ。
 こんなことを考えながらも、アレックスはさらに深く口づける。
 気が付けば、体が高ぶっていた。
「……キラ……」
 このような状況で不謹慎かもしれない。それでも、彼の熱を感じたいという欲求を抑えることが出来ないのだ。
「……うん……」
 同じ気持ちでいてくれたのか。キラもまた頷いてくれる。
 そんな彼の体を抱きしめたままアレックスは立ち上がった。そして、真っ直ぐにベッドへと向かう。
 もつれ合うようにそのままシーツの上に体を横たえれば、キラの腕が甘えるように首に絡みついてきた。