「……どうして、デュランダル議長はあんなことを言い出したのかな」
 彼ならばそれを知っているのではないか。そう思って、キラはレイの元を訪れていた。
「……おそらく、ですが……俺たちのことが関係しているかと」
 彼は遺伝子のせいで大切な存在を失ってきたから……とレイは正直に言葉を返してくれる。
「あの人のこと?」
 その人の命を奪ったのは自分だ。そのことをキラは忘れてはいない。
 だから、今でもこんなに胸が痛むのだろうか。
 同時に、どうして《彼》だけがこんな風に感じるのかがわからない。自分はもっと多くの命を奪っているのに、だ。
「そんな表情をしないでください」
 レイが困ったように声をかけてくる。
「それに……ラウのことでしたら、気にしないでください。彼は……彼にはもう、時間がなかったんです」
 だからこそ、あんな行動をとったのだ。自分たちに背を向けてまで、とレイは言葉を重ねる。
「穏やかな最後を迎えるよりも、自分自身の願いを叶えることを選んだ。そして、一つだけとはいえ、それはかなっているんです」
 だから、と彼は微笑む。
「あの人の、願い?」
「……人々の記憶に、自分ラウ・ル・クルーゼと言う存在を焼き付ける、と言うことです」
 どのような形だったとはいえ、彼の名前は歴史に刻まれている。彼という存在は、人類が生きている限り残るのだ。
「何よりも、貴方が覚えていてくれるでしょう?」
 少なくとも、彼の一面だけとは言え正しく……とレイは微笑む。
「そして、その死を悲しんでくれる。それだけで、彼は本望なはずです」
 さらに、彼の希望を叶えようとしてくれている。そこまでは考えてはいなかったのではないか。
 だが、キラは自分の意志でレイの延命を探ろうとしてくれた。
 だから、十分だ……と目の前の少年は微笑む。
「……レイ君……」
 そんな彼に、キラは一瞬返す言葉を失う。
「でも、俺はギルを裏切れません……だから、こうして貴方の話し相手は出来ても、味方にはなれないんです」
 彼はそう付け加える。
「……それで、十分だよ」
 それだけでも嬉しい。キラは言葉とともに微笑みを返す。
 彼は、そうではなかった。不意にそんな記憶がわき上がってくる。
 言葉では『違う』と言ってくれたのに、言動がそれを裏切っていた。何よりも、無意識なのか、時々自分を責めるような言葉を口にしていたではないか。
 でも、とキラは心の中で呟く。《彼》が誰なのか、どうしても思い出せないのだ。
 思い出そうとすれば、邪魔をするように頭が痛くなってくる。
 反射的に、キラは自分の額を抑えた。
「……キラさん?」
 どうかしたのか、とレイが心配そうに問いかけてくる。
「何でも、ないよ」
 こう言って、何とか微笑みを浮かべようとした。しかし、それは途中で強ばる。
「今、アレックスさんを呼びますから」
 慌てたように彼は立ち上がった。そのまま端末へと歩み寄っていく。
 その必要はないと言いたいのに、痛みに体がすくんでしまう。
「……君は、誰?」
 この呟きと共に、キラは意識を手放した。

 医務室のベッドの上に横たわっているキラの顔は、どこか苦しげだ。
「……いったい、何が……」
 アレックスはそんなキラの頬をそっと撫でながらこう呟く。
「わかりません」
 少なくとも《彼》のことは口に出してもいない、とレイは口にした。
「あぁ、わかっている」
 彼は一度約束したことを破るような人間ではない。そう信じていたからこそ、キラを彼と二人だけにすることを認めていたのだ。
「おそらく、キラ自身の問題だろう」
 この戦いが、キラの記憶を揺さぶっているっているのではないか。
 その上――同じ艦にいないとはいえ――アスラン・ザラが捕虜としているのだ。キラの耳にその話が入っていたとしてもおかしくはない。
「……どちらとしても、決着を付けなければいけないんだろうな」
 色々な意味で……とアレックスはため息をつく。
「そのことで、お前が傷つかなければいいんだが」
 言葉とともにアレックスはキラの額に張り付いている前髪を、指先で整えてやった。
「お前がどんな結論を出そうと、俺はそれに従うだけだ」
 アスランの意志であれば、キラを渡すつもりはない。だが、キラが望むのであれば、身を退くこともやぶさかではない。それでも、自分は彼を愛し続けるんだろうが……と心の中で付け加える。
「俺だけは、お前の側にいるよ」
 この呟きは、キラの耳に届いただろうか。
 届いて欲しい。
 そう思いながら、そっと彼の唇に指先で触れた。