どうやら、自分は独房のような場所にいるらしい。
「捕虜、という訳か」
 それだけならばまだしも、拘束衣のようなものまで身につけさせられているようだ。
「……何を考えているんだ?」
 そう呟く。もっとも、彼等が何を考えているのかなんて簡単に想像が付いた。
「キラに会わせないため、か?」
 無駄なことを、とアスランは笑う。
「俺は、どんな手段を使ってもあいつに会いに行くのに」
 近くにいるのであればなおさらだ。
「そんなことを、わたくしがさせるとお思いですか?」
 まるでそのタイミングを待っていたかのように声がかけられる。無理矢理視線を向ければ、そこにはラクスとバルトフェルドがいた。
「……と言うことは……ここはエターナルか」
 二人が揃っている以上、とアスランは判断をする。もちろん、フェイクという可能性もあるが。
「お答えする義務はありません」
 貴方は捕虜ですから……とラクスは堅い口調で言い返してくる。その口調が記憶の中にある彼女のそれとよく似ているように感じられるのは自分の錯覚だろうか。
「……なら、捕虜としての待遇を望みます」
 意味もなく拘束をするのは条約に反しているのではないか。そう言い返せば、彼女はあきれたような視線を向けてくる。
「こちらに混乱をもたらす、とわかっているのであれば、拘束も認められているはずですが?」
 それとも、生身で宇宙空間に放り出した方がいいのだろうか……とラクスは笑顔で口にした。その表情からは冗談なのか本気なのかは伝わってこない。
「……ラクス、それはやめておけ」
 取りあえず、と言った様子でバルトフェルドが口を開く。
 元軍人――いや、今もなのだろうか――である彼であれば、それが許されないことだとわかっているのだろう。
 そう思っていたのだが……
「そんなことをすれば、キラの目に入るぞ?」
 やるなら、カプセルに閉じ込めておいて放出しろ……とアスランが予想もしていなかったセリフを彼は口にする。
「宇宙葬用のであれば、当然備蓄はあるからな」
 さらに追い打ちをかけるように彼は言葉を重ねた。
「二人とも!」
 そんなことが許されると思っているのか! とアスランは叫ぶ。
「……それだけ、わたくしたちが貴方に対して怒りを抱いているのだ……とはお考えになりませんのね」
 カガリであれば、無条件でボコっていたところだ……と以前のラクスでは考えられないようなセリフまで口にしてくれる。
「ご自分の立場をわかっていないのは、貴方の方ですわ」
 既に、自分たちにとって《アスラン・ザラ》と言う存在は不要なのだ。きっぱりとした口調でラクスはこう言い切る。
「……貴方まで、あの偽物の味方ですか……」
 あきれたようにこう言い返す。
「誰が《偽物》ですか?」
 しかし、その言葉に対し戻ってきたのは侮蔑を含んだ声音だった。
「わたくしたちが必要とし、なおかつキラの隣にいることを認めているのは、貴方の偽物ではありません。《アレックス・ディノ》というなの、一人の存在です」
 確かに、アレックスに対しパトリック・ザラはそう考えていたかもしれない。
 しかし、生まれたときからアスランとアレックスは別の存在だ。
 何よりも、と彼女は付け加える。
「彼はキラを自分の所有物などとは一言も言いませんもの。どのようなキラでも《キラ》である限り、彼は受け入れますわ」
 そして、一緒に変わっていこうとするだろう。
「……俺の場所を奪った泥棒でしょうが!」
 そうでなければ、そもそもあの男とキラが出会うことはなかった。何よりも、キラの中で自分と彼の立場が入れ替わることはなかったのではないか! とアスランは怒鳴る。
「それもこれも、貴方が逃げたからではありませんか。キラを捨てて」
 女性であっても、そのような場合、ショックで精神的に不安定になる。そして、それから抜け出すために自分を捨てた相手に対する感情をすり替えるものだ。
 あれだけ不安定だったキラが、自分自身を守るために記憶をすり替えてしまったとしても、誰も責められない。責められるとすれば、そんなキラを捨てて逃げていった相手の方ではないか。
「それは……!」
「ザラ派のバカからキラを守るためだった、と? ずいぶん俺もバカにされたものだな」
 アスランの言葉をバルトフェルドが封じる。
「それに、いざとなればジャンク屋ギルドを頼るという選択肢もあったんだぞ。お前がきちんと話をしてくれていれば、だ」
 それをせずにさっさと逃げ出したのは誰だ? とバルトフェルドが問いかけてきた。
 まさか、彼にまでそう言われるとは思わなかった、と言うのがアスランの本音だ。
「でも、キラの幼なじみは俺だ!」
 それを詐称しているのはあいつじゃないか! とアスランは誰にも返ることはない事実を主張する。
「あの二人も、きちんと《幼なじみ》なのでしょう? どのようなことが原因だったとしても」
 しかし、ラクスはあっさりとそれを翻してくれた。
「それに……キラはひょっとしたらどこかで気付いているのかもしれません。無意識でのことですが」
 おそらく、キラ自身自覚をしていないだろう。
 そして、アレックスも違和感を感じていないのではないか。
「ラクス?」
 何を言っているのか、とアスランは顔をしかめる。
「キラが口にする『月にいた頃の思い出』は十二、三歳の頃の話ばかりですわ。アレックスと過ごしていた時間ですわね、確か」
 それ以外の時期のことは、キラは口にしようとはしない。彼の中にそのころの記憶が残っているのに、だ。
「キラにとって、アレックスは最初から《アレックス》なのです。貴方の代わりではなく」
 だから、キラにとって彼はアスランの代わりではない。
 こう断言をするラクスに、アスランは悔しげに唇を噛む。
「まずは、それを認識して貰いましょうか」
 逆ににっこりと彼女は優しげな笑みを浮かべた。
「ブラックちゃん」
 そのまま、何かにこう呼びかける。それがハロに対するものだろうとはわかっていた。しかし、自分は黒いハロを作った覚えはない。
 そう首をかしげる時だった。
「……それは……」
 普通のハロの三倍近い大きさの黒いハロが目の前に現れる。
「流石に、四六時中貴方に付き合っていられるほどわたくしもひまではありませんの。ですから、みなが貴方のことをどう思っているか、まずはブラックちゃんに伝えて頂こうと思います」
 これを使って逃げられるか、とアスランは心の中で呟いた。だが、それはラクスには予想済みのことだったらしい。
「言っておきますが、ブラックちゃんには迂闊に触れない方がよろしいですわよ。登録している方以外が触れれば、無条件で攻撃するようにプログラミングしてありますから」
 その後に続けられた装備は決してペットロボットに組み込むようなものではない。
「……どこのMAですか」
 さすがはラクス……と言うべきなのか。本気でアスランは悩んでしまった。